港湾都市 Ⅳ


 ──その晩


 昼間出した依頼の様子を確認するため、アルバートはティナを連れて再びギルドへとやって来た。


 そろそろ勤務時間も終わると言ったところで疲れが出はじめていた受付嬢であるが、彼の到来を察知するなり、気を引き締めた。


「昼間の件だが」

「はい! 船長、航海士、船乗りの皆様方、大変興味を持っておられました!」

「それは上々」


 アルバートは受付嬢から船長を希望する男の居場所を教えてもらった。

 というかギルド内の酒場にいるらしい。

 奥まった席4人掛けの席で、孤独に木杯を傾ける。空気が重い。


「あんたがオージ船長か?」

「あーん? 船長? 船長って言ったのか坊主」


 無性髭の生えた男は嘲笑をあげて、木杯を机に叩きつけた。

 

「からかいに来たならどっか行きやがれぇ! 死にてぇのかアンポンタンが!」


 投げつけられる空の木杯。

 アルバートは片手で受け止める。


「いいや、あんたは船長で間違いない」

「てめえ……!」

「依頼だ、忘れたのか。アルバート・アダン、スクアード級の魔導帆船動かせる船長を探してる」


 スクアード級は現代でもっとも積載量の多い船のサイズである。


「っ、じゃ、じゃあ、あんたが船を用意してくれるのか?!」

「その意思と、金と、手段はある」


 オージは目を輝かせて、アルバートの肩をつかんだ。


「す、すまなかった、その酒に酔ってて、ちょっと、頭がバカになっててんでぇ」

「別にいいさ。ただ人前じゃやめろ。あと手を離せ。俺は貴族だ」

「す、すみません…!」


 アルバートは肩を軽く払い、オージはえらく変わった態度で畏まる。


「で、船は? 船はいつ動かせんでえ?」

「船はもう用意した。10年の契約でたまたま手持ちにあった3,500金貨ほど溶けたがな」

「それじゃ、いますぐ行こう!」


 オージは飛び上がり、上着を掴むとそのままの勢いでギルドを飛び出そうとする。


「待て、バカか。お前ひとりで船を動かせるわけ無いだろ。船員もいないし、航海士もいない。積み荷だって、まだ何も用意できてない」

「んなこと言ってる場合じゃねぇんだ!」


 オージは入り口で立ちどまり、ギルド全体に響き渡るほどの大声で言った。


「俺ぁ、俺ぁ、あのバケモノを今すぐにでもぶっ飛ばしてやらねえと、いけねえんだ!」


 すすり泣きながら、拳を堅く握り、内側より燃ゆる熱に打ち震える。


 アルバートはオージの態度に何か事情があるものと感じとり、とりあえずギルドを出て話を聞くことにした。


 やって来たのは港だ。

 何隻もの舟が滞泊しているラ・アトランティス最大の交易拠点でもある。

 ただ、今となってはかつての繁栄は見る影もなく、巨大な舟たちがひっそりと眠り続けているだけだが。


 アルバートはオージの手を引いて船のひとつに乗りこんだ。

 オージは不安そうな顔をしながら、彼の後に続いてくる。


「お、おい、停泊中の船に不法侵入するなんて船泥棒と間違われてもおかしくねぇだ。貿易ギルドが黙ってないんじゃ」

「心配するな。この船はもう間もなく貿易ギルドの管轄から外れる。持ち主が俺に高値で貸す契約を『破れぬ誓約』で結んだからな」

「っ、そ、それじゃあ……」

「ああ、これがあんたの船だ」


 NEW CONTINENTと側面に刻まれたスクアード級魔導帆船。


 船長は甲板のうえをゆっくりと歩き、まだ海を知らぬ綺麗な船のマストや、階段の手すりを撫でるように手を添える。


 そうして最後に舵のもとへいき、太く重たい舵を遊ばせてくるりと回した。


「あの時を思いだす」

「……」

「……貿易ギルドが交易の全面停止を決断した事件の日のことだ」

「事件? 何のことだ。貿易先の国の情勢が不安定になったからと、ギルドには教えられたが?」

「そいつは嘘だぜ、アルバートさんよ。本当の理由はもっと単純なのさ」


 オージは船首にむかいその先に立つと、すこし沖にある防波堤を指さした。


「ありゃ船だ」

「なに?」

「船の残骸だよ。それが積み重なっていつのまにかあそこに防波堤が出来たのさ」


 オージは乾いた笑みを浮かべる。


「覚えておくんだな、アルバートさんよ、ラ・アトランティスの海には恐ろしい恐ろしいバケモノが出るのさ」


 船長オージはご機嫌な様子でうんちくを話し始めた。


 ─────────────────


 ──数ヶ月前

 

 その日、オージ船長は荒れた海をスクアード級魔導帆船Light eet号で乗り越えようとしていた。

 魔導機関は最近王都の魔術師が開発したらしい得体のしれないちゃちな機関エンジンで、オージの趣味ではなかったが、荒れ狂う海に立ち向かうには、強力な推進力を生むエンジンは心強かった。

 ゲオニエス帝国からの長き旅をおえて、もうラ・アトランティスが目前に見えてきた時。

 その怪物は渦の中より姿を現した。


 嵐の中、船乗りたちが必死に帆を張り、船を維持するところへ、海面から生えた八本のマストよい太い触手によって、船の甲板は叩き割られた。

 その触手たちは船員を次々に捕まえ、荒れ狂う海へとひきづりだし、船を守護するため雇われていた冒険者と貿易ギルドの用心棒たちすらも、たやすく夜の海の藻屑と変えてしまった。


 風が強すぎる、帆は張れない。

 しかし、この船には魔導機関がある。


 オージは家族同然の船乗りたちが無慈悲に蹂躙されるのを見ながら、舵を大きく右へ回し、怪物の包囲網を突破して、港まで逃げ延びた。


 しかし、陸に上がったオージの傍には、誰一人として生き残っている者は並ばなかった。


 ──────────────────


 ──現在


「貿易ギルドと冒険者ギルドは最初、俺の言うことを信じちゃくれなかった。だが、何日もして嵐の夜があけた朝、沖に船の残骸が積みあがるようになって、出港した船がひとつも戻ってこないとわかると、やつらようやく俺の話を真面目に聞きやがった」

「でも、その頃には遅かった」

「その通り、アルバートの旦那。貿易ギルドは交易で得られるはずだった利潤すべてを海に飲まれたせいで、莫大な損害をこうむったんだ。だから、海底に沈んだ″宝″引き上げるため、そして死んでいった者たちのために、怪物退治に乗り出した」

「宝か。どんな?」

「詳しくは知らねぇ。でも、聞くところによると、どこかの魔術師がとんでもない大枚をはたいて国外から取り寄せたんだとか…」


 魔術師が大金をかけるものは、得てして魔術関連の物品だ。


 貿易ギルドが全体の利益に影響するとまで考えた″宝″……稀少なモンスターの素材、あるいは本体、あるいはそれに準ずる上古の聖遺物……想像は膨らむ。


 アルバートは宝に興味があった。


「で、どうなったんだ? 宝は海底からサルベージできたのか?」

「見ての通りさ。すべては失敗に終わった。貿易ギルドはもう引きこもる事しかできなくなった」


 アルバートは顎をしごき、沖にある防波堤という名の船の残骸地帯を見やる。


 あの全てが船で、船の墓場を作り上げたのはたった一体のモンスターで、海底には宝が眠っていて──。

 

「ふはは、そうか、面白い。面白くなって来たぞ」

「……俺がいうのもなんだがよ旦那、あんた、怖くないのか、あの残骸が。ギルドたちの敗北が」

「怖い? 馬鹿を言うな。俺にはあれが宝の山に見えてしかたがない」

「あんたイカれてるよ」

「部下によく言われる」

「そうかい。だが、だからこそいいぜ、あんた。俺はあのどでかいバケモノを殺さなくちゃならねえんだ!」

「俺も事情は同じだ。ラ・アトランティスにいつまでも居座られては貿易ができない。そしたら、俺の計画にも支障がでる。バケモノとやらには他へ引っ越してもらわないとな」


 アルバートは涼しげな微笑みをたたえてそう言った。

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