港湾都市 Ⅲ
──数日後
アルバートは貿易ギルドへと再び足を運んでいた。
本日はティナだけを連れての訪問だ。
もちろん、ユウもいるが、彼女は誰にも存在を悟られないように控えている。
現在、2人は客間で待機させられている。
「ラ・アトランティスはいい街だ」
藪から棒にアルバートは口を開く。
「どうしたんですか、急に」
「ドン・シャークが飛ぶような値段で売れる」
「……いくらでした?」
「3つの大海闘技場と契約して、15匹卸した。合計で金貨3,500枚分の利益だ」
「ぇぇえええ?!」
客間で待っている最中ということさえ忘れて、ティナは口元を押さえる。
アルバートは予想通りのリアクションの大きさに「お前は愛くるしいな」と、ボソッと柄にも無いことを口走る。幸い、聞こえてはいない。
ユウではリアクション不足だったので、ティナはさぞ良い補給になったことだろう。彼女なしでは、もはや承認欲求はおさまらない。
「お待たせしました、ミスター・アダン」
お喋りをやめて、アルバートは入室して来た貿易ギルドの役員へ向き直った。
──しばらく後
アルバートは港へやってきていた。
「クソ」
短く吐き捨てて、小石を海へ蹴りこむ。
商談は失敗してしまった。
「アルバート様、こ、こう言う事もありますよ!」
「あるわけ無いだろ。なんで、貿易ギルドなのに船を1隻も動かしてないんだ」
アルバートは停泊する無数の船を指さす。
「どうりでたくさん停まってると思った」
「り、理由がわかりましたね!」
「別に嬉しくない。ええい、クソめ。ここを拠点にゲオニエス帝国やヨルプウィスト人間国にもモンスターを売ろうと思ったのに、全部、台無しじゃないか!」
アルバートは天を仰ぎ顔を手で覆い隠す。
ゲオニエス帝国。
ヨルプウィスト人間国。
この2つは大陸で最も大きい超大国たちだ。
あまりに国土が広いため、いちいちアルバートが出向いていては、年単位での遠征をする必要があり、ドラゴンクランへの進学が近いアルバートにとっては現実的ではない。
解決策が海と河川を使った販路であった。
貿易ギルドにうまく商品を売り込めば、アダンの資産の桁が二つほど上がる予定だったのだが……いまや計画は水泡に帰した。
聞けば貿易ギルドは、ほぼ解散状態であるといい、数年前から船を動かしていないらしいではないか。なんだそれは。
アルバートは予想外の事態に頭を抱える。
「……いや、でもまだやりようはあるか」
「諦めも肝心、って事ですかね」
「諦めない。貿易はする。将来的に莫大なモンスター在庫を抱えることになるのは目に見えてるんだ。ストックばかり増えてモンスターの置き場に困るより早く、大量のモンスターを売ってしまえる販路を確保しておかないといけない。それに──向こうの大陸と繋がれるのは、貿易ギルドだけだ」
アルバートは水平線の彼方を見据えて、だんだんと声調を落ち着かせていく。
ティナは彼のその姿に「いつものアルバート」を感じて──クスリと笑ってしまう。穏やかな笑みをうかべてる自分がおかしくて仕方なかった。
無理な仕事ばかり強要してくるパワハラで嫌いになりそうな時もあった。
けれど、気がつけばいつだって前へ進もうとし続ける彼のことを「待ってました」と言わんばかりに期待してる自分がいる。
これが毒されるという事だろうか。
ティナは苦労する未来にトホホと温かい涙を流したくなる。
「よし。貿易ギルドが船を動かさないなら、俺が動かしてやろう」
アルバートは何か思いついた顔つきで港をあとにした。
──しばらく後
アルバートはラ・アトランティスの冒険者ギルドへやってきていた。
現在のアルバートの冒険者等級はプラチナだ。
プラチナは冒険者たちの中では、最上位には届かずとも、トップクラスの能力を有している者として十分な評価を与えられる。
これもジェノン商会のエイポック率いる『翠竜堕とし』が、アルバートの実力をホンモノだと証言してくれたおかけだ。
本当ならあの醜い獣を追い払ったのだから、ダイヤモンド等級になっても良かったのだが、そこは謙虚な貴族を演出するためにアルバート自ら辞退した。
エイボックらからしてみれば、命の恩人であり、奢らない姿勢もとても好意的な、魔術師アルバートには、深い感謝と、その類い稀なる魔術に敬意を表さざるを得ない。
今や『翠竜堕とし』はジェノン商会とアダンとの中間に位置する存在となり、良好な関係を繋ぐ橋渡しとしても機能している。
信頼、尊敬は最大の資産だ。
目に見えるモノだけが価値ではない。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ!」
「人材派遣の依頼だ。船を動かせる人間を探してる」
アルバートはプラチナ製の冒険者メダルをカウンターに置いて言った。
受付嬢はハッとした顔になる。
「は、はひ! い、依頼の、ご、ご依頼、のほうですね!」
「ああ」
「で、でで、では、こちらの用紙に記入を──」
アルバートは必要事項を綺麗な字で記入して、受付嬢へと提出する。
平民ではあり得ない教養あふれる語彙使いと礼美な筆使いに、受付嬢の顔が青白くなる。
一発で目の前の将来イケメンに育ちそうなショタが貴族だと分かったからだ。
悪い印象を与えたら首が飛ぶ。
そう思い、強い覚悟をもって、ちいさな男の子好きという歪んだ性癖をおさえて、ペコペコ対応する。
本当なら「あらあら、ボクくん、偉いわねぇ」とかからかって遊んであげたい。でも、そんな事したらくびり殺される。
「お願いします、殺さないでください……! ショタ好きに生まれて来てごめんなさい!」
受付嬢はパニックになり自爆しに行く。
「え? しょた?」
「あわわわわ、アルバート様っ! ティナはお腹がべこぺこです! はやくご飯を食べに連れて行ってください!」
受付嬢の葛藤を察してあげたティナは、アルバートを連れて早々にギルドをあとにした。
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