ジェノン商会籠絡編 Ⅱ

 未だ目的地につかぬ馬車のなか。

 ティナは窓外を見つめてたそがれている主人に、行き先をたずねるべく、ついに質問を投げかけようとする。


「ジェノン商会だ」

「まだなにも質問してないですよ、アルバート様」

「聞いてくるのが分かったからな」

「じゃあ、質問代えます。なんで──」

「ジェノンはジャヴォーダン最大の商会だ。今後のビジネス拡大のためにまず最初に取り込む必要がある」

「まだ質問してないです……予知能力でも覚醒したんでしょうか」


 アルバートはティナの顔へ首を回し「いつか身に着けたいものだな」とまじめな表情でつぶやいた。


 ──しばらく後

 

 アルバート率いる従者数名は、ジェノン商会をおとずれていた。

 この地方特有の伝統的な建物であった。これこそ巨峰に寄り掛かる段層都市という特徴を持つジャヴォーダンで、独自発展してきた山肌を削りだす建築学の真髄である。

 人工洞窟とも言えるだろうか。


 山の中を掘り進めるように作られた商会の玄関を抜け、客間に通されたアルバートたちは、魔術家アダンとして、ジェノン商会会長のマクド・ジェノンと机一つ挟んで面会をすることになった。


 ユウの細心の警戒のもと、アルバートは堂々たる足取りで客間に踏み入る。


 彼の持つ貫禄は10歳の少年のソレではない。難しい顔をしすぎたせいで、常に顔には力が入っていて機嫌も悪そうに見える。


 そんな彼の顔を見るたび、将来イケメンになる事が約束された主人には優しい顔をしてほしいなぁ、とオレンジ髪の助手メイドは、益体のないことをよく思うものだ。


 客間にやった来たアルバート達は、少し待たされて、後から入ってきたジェノン商会のボスと顔合わせをすることになった。


 アルバートは幼い頃から教育されてきた礼節と教養で持って、上流階級としてふさわしい態度で挨拶をする。


 相手方はアルバートをどの程度の貴族か見定めながら、彼を油断ならない者のカテゴリーに入れることにした。


 時間にせっかちな商人と、守銭奴気質のあるアルバートは、挨拶を切り上げてそうそうに話の本題に入ることになった。


 すなわち商談だ。


 本日、アルバートはジェノンへ持ち寄る手始めの商品として、モンスターの労働力を貸しつけるサービスと、銀の鞄をもちいた生鮮食品の輸送のアイディアを持ってきていた。


 しかし、いざ本題に入ろうとしたところで、ジェノン会長マクド・ジェノンは椅子に深く腰掛けて「いやはや、それにしても──」と鷹揚な態度できりだした。


「まさか、″あの″アダンがうちへやってくる日が来るとは! 想像だにしていなかったですなぁ~!」


 彼の一言の裏側に、アルバートは不快感を嗅ぎつける。マクドに比べて、はるかに歳下かつ客人の立場ゆえ、表面上はにこやかな笑顔を崩さないが。


「かつてはワルポーロ・アダン殿にうちの商会は世話になりましてね~。エドガー・アダンの息子だとかいう触れ込みで、当時若かったワシは愚かにもあの男に投資してしまいまして。いやはや、ぼっちゃんを見てると、思い出してしまいますなぁ~!」


 黙って話を聞くアルバートは眉根をひそめる。


「それは、今回の商談と関係のある話なのでしょうか?」

「まあまあ、そう言わず聞いてくださいよ、ぼっちゃん。そう、あれはたしか四半世紀も昔の話、ワルポーロ殿が商売をしたいと言うものでね、馬車を10台ほど貸したのですよ。たくさんの食料を運べる輸送用のやつです。こーんな大きい馬車でね、1台作るだけでそこら辺の平民が10年は食い繋げるほどに高いんです。──で、貸した馬車はどうなったと思いますー?」

「はて、父の若い頃の商売にはさして興味が向かなかったもので。10台の馬車はどうなったのですか?」

「2台しか返ってきませんでしたよ」

「それは、どういった経緯で?」

「おんや? ご存じないですかぁ。いいですよ、教えましょう、アルバートおぼっちゃんのために。特別ですよ?」


 マクドは笑みを深め、金色の歯を見せる。


「大破ですよ、大破。全部、ぶっ壊してきましたよ、あの脳タリンはね。なんでも、川の氾濫を止めるために人から借りた馬車を土嚢がわりに倒してつめたらしい。まったく、信じられないでしょう? これあなたの父親なんですけどね、あっはは」

「……」

「平民を救うだとか、貴族の責務だとか……はっ、言い訳が下手すぎて呆れかえりましたさ。全部、ぼっちゃんのお父上の、お・は・な・し、です」


 マクドは深く腰掛けていた椅子から、前傾姿勢になり、黙るアルバートの顔をのぞきこみ近づける。

 年季が違う、積み上げてきた時間が違う、そんなことを主張するように圧迫して、目の前の子どもが泣き出すのを待っているようだった。


「それで?」

「……は? それで、ですか。ぼっちゃん。わかるでしょう?」

「わからん。だからどうしたと聞いている」


 アルバートは軽蔑のまなざしでマクドを見やる。

 この商人はわかっていない。彼がアルバートをいかほどの人物か判断してカテゴライズしたように、自身もまた『時間の浪費』カテゴリーに入れられてしまったことに。


「その事件のことなら知ってるさ。当たり前だろう、くされジジイが」

「…………は?」


 まさかの言葉に客間にいる全員の肝が冷える。


 マクドは自分が目の前の若造に何を言われたのか、処理できず固まってしまっていた。

 

 緊張感に気分悪くなってるだけのティナの顔色は真っ青だ。


 アルバートは毅然とした態度でつづける。

 

「我が父ワルポーロは貴族の務めを果たした立派な人間だ。それに、その事件での損害分なら魔術協会が補填しただろう。当時のアダンは、まだ魔術協会でも相応の地位にいた。有望と思われていた父が、そんな事で信用を失うようにはしなかった」

「このクソ、ガキ…………っ、だからなんだというんだッ?! 協会が補填したらおしまいなのか?」

「謝罪しただろう」

「していないぞ、あの男はしていない。アダンはしていない」

「本当に?」

「ああ、していない」


 当然のように嘘を吐き捨てるマクドであるが、それは当時の謝罪を証明するものなどひとつも無いためである。


 アルバートは肩をすくめて「へえ」と感心したようにつぶやきながら、背後でひかえるアーサーに視線をむける。


「お前の記憶に助けられそうだ」

「坊っちゃんの判断ですとも」


 マクドには一切わからない会話をひとつ交わして、アルバートは、アーサーが手に持つ大きなカバンからとりだした契約書をとりだす。


 それは、蒼く光る文字が刻まれた古びた羊皮紙であった。


 マクドはそれを見て「あ」と声をもらす。封印されていた記憶がひとつずつ解錠される音が耳の裏に聞こえてくる。


「ジェノンとアダンとの間に交わされた約束事を洗っていたら、こんな物が地下室から見つかってな。見覚えがあるだろう」

「それは……『破れぬ誓約』……いや、でも、そんな大事もの、ワシが忘れるなど……」

「まだエドガー・アダンが存命だった時期だ。出来の悪い息子のために、土産を残していたようだな」


 アルバートには記憶魔術に精通するエドガー・アダンが、この『破れぬ誓約』の契約者達に隠蔽を施したことはわかっていた。

 彼はそれをエドガーから、ワルポーロへ送った優しさだと解釈している。


 彼は『破れぬ誓約』に書かれた文字を読みあげる。


 マクドは自分の記憶にない──エドガー・アダンによって奪われた──、あまりにも理不尽な契約を伝えられることになった。


 しかし、想像以上に、契約の内容は拍子抜けのものだった。


「誓約:アダン家第二代当主ワルポーロ・アダンは、ジェノン商会創始者マクド・ジェノン、およびジェノン商会からの資金提供、および資本借用を魂の終わる時まで行えないことをここに誓約する──」

「ぁ? …………ははは! なんだ、ワルポーロを縛るための誓約じゃないか……はは、脅かしおって、ガキめ……」


 マクドはホッと一息ついた。

 

「違うそこじゃない」


 アルバートは言う。

 彼にとっては死人と死にかけの老人の約定など、さしたる興味はなかった。

 が、書かれている内容は真実に他ならない。


 『破れぬ誓約』の一文は、この約定魔術が結ばれたのは、ワルポーロの謝罪の場である事と、その席に、ワルポーロ・アダンならびにマクド・ジェノンの両名がいた事を示す文字が刻まれていた。


「『破れぬ誓約』が結ばれている以上、真実に他ならないだろう。で、謝罪はあったんじゃないか」


 なまじ記憶の封印が解けたせいで、マクドは嘘を通すに通せなくなっていた。


 どうして『破れぬ誓約』を謝罪の場で結んだ事を忘れていた!


 マクドの内心をそんな後悔が駆ける。

 しかし、後悔などしても遅い。

 真の魔術師たるエドガー・アダンに偶然などありえない。彼はわずかでも敵意を持たれたのがマクドの敗因だ。


「謝罪は…………あった! だが──」

「あったんじゃないか。なんで嘘をついたんだ。こっちが『破れぬ誓約』を持ち出さなければ、そのまま通そうとしていたんだろう」

「だが! ワルポーロ・アダンはワシのところに一度しか謝罪しに来なかった!」

「嘘ついたんだな」

「誠意はなかった!」

「嘘をついたんだな。わかった、もうそれだけで十分だ」

「このガキが……ッ! 揚げ足取りのように証拠を抑えた途端、いきがりよって」

「ボケで物忘れしてたアンタの落ち度だろう」

「仕方あるまいて、あの覇気のない顔はよう覚えおるわ。あんたものは謝罪とは呼ばん」

「知るか。父さんはもともと覇気がない。というか、謝罪があって、それを受け入れたのなら、その話はそこで終わってる。それを、なにを今更になって言っている。俺は親父の失態を謝るためにここへ来たんじゃない。建設的な会話、互いの未来のために来たんだ」

「なにもわからんガキが。こういう場合、力のない魔術家はへりくだったほうが賢いことを知らんのか」

「お前のような老害を相手に誇りを捨てるなら死んだほうがましだ」

「えぇい、クソガキがッ! もういい! この無礼者どもを追い出せ!」

「その前にアダンに謝れよ。嘘をついたことを謝れよ」

「はやく追い出せ!」

「謝罪しろよ、あんたが謝れよ」


 一向に譲らないアルバート。


 怒髪天を衝くほどに怒り狂うマクドは、すぐ後方に控えていた可愛げのある小柄なメイドに顎でしゃくって指示をだす。

 マクドのメイドは、品良くちいさく一礼をして、アルバートたちを誘導するべく動いた。


「む」


 その瞬間、ユウは不愉快に顔をゆがめるマクドが、そばつきのメイドに目配せしたのを見逃さない。

 

「マスター」


 ユウのちいさな囁きを受けて、アルバートは、ごく自然な動作で接近してくるメイドとの間に、執事長アーサーを挟む形で席を立った。


 それを受けて、マクドのメイドはぴくッと体を震わせて固まってしまった。


「誇りのない商人とは商売などできない。こちらから失礼させていただこう」


 アルバートはそういい、礼服を小綺麗に正し、マクドをにらみつけて、皆をひきつれて客間を退出した。

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