ジェノン商会籠絡編 Ⅰ



 ──引き続き馬車の中


「アルバート様、サウザンドラ家は待ってくれるでしょうか」


 アーサーは呆然とするティナを気遣って、話の相手を代わっま。

 気分良さそうなアルバートは笑みを絶やさず答える。


「どうだろうな。この2ヶ月、調査班のほかににも、個人的に調査させてるが、やつらに動きはない」


 ローレシアで引き抜いて来た暗殺姉妹のうち、妹の方を忙しく動かすことで、アルバートはアダンの敷地から一歩も出ずとも、サウザンドラのことを調べ続けていた。

 加えて、たくさんのニャオたちにジャヴォーダンの街全てを監視させているため、近郊の情報網は確立しつつある。


 将来的には、アーケストレス国内、加えてこのセントラ大陸全土をニャオの可愛さと潜伏能力で覆い尽くせればいいと夢を膨らませていたりもする。


 まだまだ、成すべきことは多い。


「アルバート様…怖いし……私は恥ずかしいし……」


 主人がアダンの未来に想いを馳せているなか、ティナは冷えてきた下着のせいで羞恥心を思い出させられる。


 が、腰掛け直して姿勢を整えた。


 アーサーから言われているのだ。

 孤独なアルバートの話し相手は、歳の近しいティナの仕事のうちであると。


 アーサーはティナの顔を見て、話し相手を引き継がせた。


「あ、アルバート様、サウザンドラ家はいったい何が狙いなんでしょうか……」


 彼女の問いにアルバートの視線が向く。

 ギョロっと動く目玉のせいで、やんわりと狂気に犯されてるのがわかる。


「時が熟すのを待っているんだろうよ。アダン家のもつポテンシャルをアイリスは知っている。きっと、また進化したアダンの魔術を奪うために顔を出すさ」


 自信満々に語るアルバート。

 ただ、実際のところ、アルバートとしては、早急に手を打ってこないサウザンドラに疑問を感じていた。


 アダンを落とすなら、間違いなくあの湖が好機であったはずなのに。


 いくら考えても納得する答えはでなかったた。ある時、魔術協会を中心とした魔術世界での優位性、戦力の差、もろもろ考えた結果、ひとつの答えに帰結することができた。


 単純に舐めているのだ。

 泳がせられているのだ。


「バカにしてるだけさ、あいつらは」

「相手にされてないのですね……」

「好都合だ。こちらも準備をするだけの時間があるって事だからな」

「モンスターをたくさん用意するんですね」

「それもそうだが、ことはそう単純じゃない」


 将来的に魔術の練度があがろうとも同時に精密操作できるのは、数百体が三代しか積み上げていないアダンの魔力系スペックでの限界だ。


「それに、アイリスと戦って気がついたんだが、俺はサウザンドラのもつ力を甘く見積り過ぎていた」

「でも、アダンのモンスターは沢山いますよね?」

「サウザンドラの当主は、ハンドレッド家数百人の血の騎士を従えている。世代が変わる際にコピーされた刻印も更新が入るだろうから、現段階の血の騎士たちのコピー刻印は、アイリスの【錬血式】に近いものだ」

「では、血の騎士全員がアイリス様と同じだけの魔術を使えるのですか……?」

「そうは言ってない。現にあの女が違ったろ」


 アルバートは「あいつだ。あれ」と覚えている名前をあえて出さない。


「従者のサアナ様ですよね。そういえば、サアナ様もハンドレッドの血の騎士でしたよね」

「血の騎士の多くは、あいつ程度の有象無象なんだ。正統な魔術の後継者だけが刻印のチカラを真に使いこなすことができる──魔術の常識だ」

「す、すみません……」


 ティナの知識不足によるお叱りは以前もあったが、アンデットまで利用としてるとわかった主人のソレは前よりも、威圧感にまみれていた。本人にそのつもりはないだろうが。


「ただ、厄介な連中もいるんだ。血の騎士の中にはな」


 アルバートは遠い目をしながら言った。


「厄介ですか」

「ああ──『鬼席』たちだ」


 アルバートの呟きに、同じく馬車に乗っていた灰髪の暗殺者ユウは興味ありげに首をかたむける。

 ティナは彼へ聞きかえす。


「鬼席? その、すみません、私、聞いたことないです……」

「いちいち謝るな。アダンの使用人なら堂々としていろ。それだけで出来ればお前は一流だろうに」

「は、はぁ……」


 褒められてるのかな? とティナは疑問に思いながらも、主人の口調がちょっと柔らかい事に安心を覚える。


「鬼席は、その名の通り能力において吸血鬼を″追い越した″とされる血の魔術師たちのことでな、日夜修練に明け暮れる血の騎士──その頂点にたつ血の狂信者たちを示している。今は数が増えて6人いるらしくてな。魔術協会からは『修羅の六騎士』とか呼ばれているんだ」

「しゅら、の六騎士……凄そうですね」


 ティナは言葉尻に滲みでる凄味におされて息を呑む。


「サウザンドラが民を守る貴族であるなら、こいつらは貴族を守護する闘争者であり、狂血の信奉者だ。サウザンドラの秘術をあたえられたことで血の覚醒と、それこそが深淵へ至る最短ルートだと信じて疑わない。サウザンドラ当主のために殉教者になることを至上の栄誉としている」


 アルバートは以前、継承の儀を目前に控えていた頃に、アイリスと『修羅の六騎士』について話をしたことがあった。


 それはある日、エドガーの時代からアダンに仕える黒犬パールを連れて、アイリスと手繋ぎ散歩をしていた時のこと。


「──では、サウザンドラ家の魔術師とハンドレッド家の騎士たちでは、搭載している魔力系のサイズが違うのですね」

「そうなります。アダンが将来大きくなれば、アルバートもいずれ刻印紛失のリスクを回避するために、複製分割することになるでしょうから、この感覚がわかると思いますよ」

「なるほど。勉強になります」

「えっへん、そうでしょうそうでしょう。……あ、でも、わたしの家の場合は少し特殊な例外もいますかね」

「例外ですか」

「鬼席たちを知っていますか? 従家ハンドレッドの中でも特別な者たちなのですが、彼らはその……最悪、刻印を紛失しても痛手にならないということで、多少リスクのある調整が加えられているのです。それこそ『魔術師』では、誰も太刀打ちできないほとの強大な力を身につけてしまっていて。ふふ、困りものですよ」

「それは危険な事なのでは? 従者を輩出する家に本家以上の過剰な戦力を置いてしまうのは……僕だったらしません」


 たしか、こんな会話だったような気がする。

 この後、アイリスに話をはぐらかされてしまい、パールもどこかへ走り出してしまったので、会話のことはよく覚えていない。


「サウザンドラの一族では太刀打ちできない。つまり、アイリスすら倒せないとなると、『修羅の六騎士』のなかで序列の一番低い、第六席次すら今のアダンでは戦いを挑むのは危ういと言える」


 珍しく緊張を持っているアルバートの発言に、ティナは耳を疑った。

 しかし、それが本音の言葉だとわかると、血の一族の懐刀『修羅の六騎士』がどれほどのバケモノたちなのか理解することができた。


「け、喧嘩するのやめません……?」

「やめない。はは、そんな顔するな。アダンにだって刻印がある。それに計画もすでに出来ている」


 アルバートは練りにねった計画書に視線を落とす。

 そこには、年単位で計算され、組みあげられた緻密な組織成長計画、『怪物学会計画』の文字が刻まれていた。


「それは……」

「魔術協会をぶっ壊す。国家をひっくりかえす。瓦礫の上に城を建てる。それが唯一アダンに残された道だ」

「……あはは、アルバート様、またまたご冗談を、ホホホ」


 ティナの乾いた笑みにアルバートはにこやかに微笑みかえし「本気だとも」と、狂気をはらんだ優しい声で言った。


「不条理を強いる血の王を殺す。瞳とじた盲信者たちも皆殺しにする。みくびった奴らすべてに後悔させる──任せておけ。家族、蓄積、誇り、責務、正義……このアルバート・アダンがすべてを守る」


 変わってようで変わってない。

 ティナは目の前の少年が、なぜ汚濁を飲む覚悟をしたのか理解できような気がした。


「アルバート様」


 御者台と馬車内を繋ぐ小窓が開いた。小窓から顔をのぞかせるのは、御者をしている先輩メイドだ。彼女がアルバートへ静かに耳打ちすると、すぐに小窓は閉じられた。


「機関車が乗る。椅子につかまっておけ」

「え?」


 アルバートの忠告のすぐ後、馬車は大きく揺れて停車した。


 ティナは窓外を見る。

 すると、自分の乗る馬車が、巨大な黒い鋼鉄のプレートのうえに貨物と一緒に乗っている事がわかった。


 やがて、鋼鉄のプレート──魔導機関車は馬車を直乗りさせたまま、段層上層をめざして数百メートルにもおよぶ壁を、ゆっくりと登りはじめた。

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