治癒のアテ
──数日後
リハビリをし始めたアルバートは、地下の封印室で膝を折っていた。
クリスタルの中で眠りつづける母親へ、心のなかで謝罪の言葉を重ねに来たのだ。
それに加えて、背後で忙しく動かしていた手の者たちからの統括した報告をアーサーより受けていた。
「──報告は以上です」
「…………サウザンドラは屋敷に帰ったか……苦労をかけたな、アーサー」
アルバートはふらりと立ちあがり、かたわらに寝かせておいた杖を手にとる。
コツコツと床を突く規則的な音を響かせながら、不慣れな歩行杖をもちいた歩きで、通路をぬけて工房へとむかう。
工房の厚い扉を開けるべく、アルバートは半身に身体強化魔術をかけて、腕だけの力で押そうとした。
「ぐっ、ぅ……」
体内に存在する魔力系に魔力を流そうとした瞬間、千本の針に血管を刺されたような痛みが走った。
歯を食いしばって耐えようとも、本能と肉体は、痛みに恐怖してすくんでしまう。
「おまかせを」
アーサーがスッと前へ出て扉に手をかける。
「あまり無理をなさらずに。お身体を大事にしてください」
「……大事ない。足の麻痺も多少は良くなった。魔力系のほうも訓練次第ですこしはまともになるはずだ」
アルバートは太ももをトントンっと叩いて、自信を感じさせる頼りある笑みをつくる。
アイリスの用いた赫の武器は、アルバートのほぼ全身を麻痺させるほど強力な毒をふくんでいた。
加えて死なない程度に衰弱させるよう、″調整された″レベルで彼の気力と体力を削る効果もはらんでいた。
身体の不自由を感じるたびに、アルバートは湖で貫かれた時のことを思いだしていた。
同時に、何度も何度も思い返すたび、彼の内側で熱量は蓄積されていった。
「あの女は俺から行動力を奪いたかったようだが……甘い、甘すぎる。アルバート・アダンの歩みを、この程度で止められると思うなど……絶対に殺してやる」
誰に話しかけるわけもなく、アルバートは虚勢の笑顔をうかべて言った。
しかし、わずかな床の段差に杖先をひっかけて、派手にこけることで説得力は失われる。
「クソ……ッ、アイリス……!」
「アルバート様、お手をお貸しします」
「いらん、自分で立てる…!」
杖にすがりつき、フラつきながらもアルバートは立ちあがる。転んだ衝撃で激痛の走る肩の傷を、杖を持ってるせいで抑えられないのも非常にストレスだ。
痛さと、悔しさと、恥ずかしさとで、むちゃくちゃにイラついた表情で、アルバートは魔法陣のそばにやってくる。
「アーサー、もう平気だ。お前はジェノン商会へ約束を取り付けておけ……」
「本当によろしいので?」
「良いと言ってる。そば付きはティナで十分だ」
主人の言葉にしたがい、アーサーは魔術工房の階段をのぼって自らの仕事に戻っていった。すこししてティナが降りてきてアルバートのそばに来る。
うやうやしく一礼をして、アルバートの腕を支える様に、彼の両肩に手をそえて介抱しながら歩く、
「アルバート様、休まれた方が絶対いいですよ」
「サウザンドラに秘術のすべてを盗まれた。休んでいられるわけないだろう」
「でも、私はアルバート様のそんな姿見てられませんよ……」
「だったら手伝え。俺の身体が再び正常に動くように。魔術協会にアダンが消されないようにな」
「また動くんですか?」
「いい手を思いついた」
アルバートは自分の手の甲から胸まで伸びる刻印に視線をおとす。
この強力な刻印に標備えられた対魔力のおかげで、アルバートの半身は赫の武器の邪悪な呪いから逃れられている。
「この毒は魔術的なモノだ。自然治癒はしないし、通常の手法では取り除くことも難しい。だが、どんな魔術であろうと破る手は必ず存在する。こと、この【観察記録】という刻印は、そうぞうするに″有史以来の最大の魔術破り″の可能性を秘めている」
「そ、そうなんですか? まさかその刻印にそんなチカラがあったなんて……!」
「厳密には刻印のチカラではないけどな……エドガー・アダンが多様な才能を持つなかで、なぜ怪物学に目をつけたのかベッドの上で考えるなかですこしはわかってきたのさ」
「す、すごいです。いったい、エドガー様にはいったいどんな考えがあったんですか?」
「……今はまだ語る時じゃ無い」
「えぇ、勿体ぶらないでくださいよ!」
「間違っていたら嫌だからな。答え合わせは本人とするさ……ともかく、刻印のほかに毒に治癒のため必要なものがある」
ティナはやや拗ねた顔をしながら「何が欲しいんですか?」と聞いた。
「湖にあるはずだ」
アルバートは椅子に座り、ギブスを外しながら言う。
肩をかるく回して「痛ぇ……」とつぶやきながらも、これでいい、と右腕を自由に使えるようにした。
彼は腰をあげて、そのまま肩を怪我をした方の腕で棚に何十個とちんれつされた銀の鞄のひとつを手にとった。
「アルバート様! だめですよ!」
「平気だ。失敗作しか残ってないが、怪書登録モンスターより依然として高い戦力を持ってる。よほどの敵じゃなければこれで事足りる」
「いや、そうじゃなくて……!」
ティナはあたふたして、アルバートから銀の鞄を奪おうとする。
「何をする、こら、やめ……っ」
「ダメですってば! ティナは絶対に許しませんからね!」
銀の鞄を手放さないアルバートと、それを奪わんとするティナはもつれて倒れこみ、彼女は主人を下敷きにしてしまう。
歳相応のやんわり発育した胸の柔らかさに眉根をひそめるアルバート。
「取りました! 私の勝ちですね!」
「……俺の勝ちとも言える」
「何を言ってるんですか? 負け惜しみを言うなんてアルバート様らしくないですよ」
ティナは銀の鞄を棚にもどして、倒れるアルバートの脇に手を入れて、そのまま抱きつくように密着した。そうして、体全体の力をつかってアルバートのことを立たせる。
怪我人に負担をかけないための手法だが、これもまたアルバートを大人しくさせる攻撃として有効であった。
「よいしょっと」
「……」
「さ、座っててくださいね。アルバート様はここで待ってるんです。すぐ手に入るならティナが採って来ますから」
「…………わかった。任せるとしよう。土を採取するくらいなら問題ないだろうしな」
「土ですか。どこの土です?」
「湖だ」
「それって……アイリス様と戦われた場所じゃ……」
「その通り。……クク、あいつはあそこに重要な物を残していったのさ」
「重要なモノ…?」
「血だよ。サウザンドラの神秘が染み込んだ大変貴重な触媒だ」
アルバートは邪悪な笑顔をうかべる。
身体の自由を奪われようと。
崖っぷちに追い込まれようと。
彼は決して曲がらない。
「クズどもに喰われてたまるか……アダンを終わらせなどしないさ」
彼は机のうえに置いてある怪書を見つめてそう言った。
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