アルバート湖の死闘 Ⅱ


「強いな…」


 血の雨のなかギロッと目線をむけてくる彼女に、アルバートは怖気付く。

 今更ながら、毒を盛るんだった、と若干の後悔を感じる。ただ、本当に今更だ。

 仕方ないので、アルバートは冷静に、次に襲ってくるだろう脅威に備えた。


 こんな時のために用意していた銀の鞄から、ブラッドファング×3、トレント×5を掛け合わせたキメラを放つ。


 三つの首をもち、不恰好に接合された身体の崩壊を木の根っこが裁縫するようにおぎなっている歪な命。名もなく、安定もせず、怪書にも正式登録できていない闇の魔術の成果物だ。


 儚く散る命だとしても、彼は生み出してくれた主人のため肉体から生える木の触手を、襲ってくる脅威に振るった。


「貴様ぁああああ!」

「やっぱり来た」


 アルバートの予想通り、陸地へもどるなり、血の刃が彼の首を取るために振りぬかれる。


 それをキメラの木根の触手が受け止めた。


「アルバート・アダンッ、なにか怪しいとはずっと思っていたが……まさか、これほどまでの狂行に及ぶとは…ッ!」

「88号、そいつは軽くあしらっておけ」

「こ、こら! 待てッ! なんでわたしばかりそんな雑なんだ貴様! 私は貴様のそういうところも──」


 アルバートはサアナの事をうっとおしく思って無視し、彼女の相手をキメラに任せて走りだす。


「セカンドプランだ」


 怪書を手に、すぐさま湖付近に待機させていた1,000体のトレントを動きださせ、さらにはブラッドファング50匹を戦術的に配置し直して、アイリスの退路を完全にふさぐ。


 ニア・リヴァイアサンでのファーストアタックが失敗した時点における、最悪な結末はアイリスの機動力を使われてアダンの秘密をもったまま逃げられることだ。


 それだけは何としても防がなくてはならない。


「全部トレント……だったんですか」


 アイリスは湖面にうかぶサメの遺骸のうえで草むらに隠していた銀の鞄2つを両手にもったアルバートを見つめる。


 徹底して準備されている──。

 アイリスは自分へ向けられた殺意の高さに、困惑するとともに、深い悲しみに襲われていた。


 しかし、敵は自分を殺す気だ。

 かの『エドガー・アダンの再来』とうたわれた天才魔術師にたいして、手を抜いてどうこう出来るわけがない。


「アルバート、どうしてそんなに辛そうな顔をしているのですか……?」


 アイリスは訳がわからぬまま、とにかく目の前の彼に殺されないため、足元の遺骸から、触媒を補給しはじめた。


 彼女の手のひらを起点に、血が吸い上げられるように集約されていく。

 特別な溝の掘られた短剣の柄は、機械仕掛けが作動して、真ん中で分かれて、2つの持ち手となった。

 アイリスの手元に集まった血は、それら2つの剣身のない柄に凝縮されていき、太く分厚い刃を形づくった。


 風に聞く『赫の双剣』のお披露目だ。


「アルバート、わたしの本気をすこし見せてあげます」

「フッ…スライムに逃げ帰ってきたお嬢様がやけにたくましいことだ」


 この時点で単体戦闘能力で勝ち目がないのは自明であったが、アルバートは負けじと煽る。まだまだ負ける気はしなかった。


 結果──。


「訂正します、アルバート。わたしの120%を見せましょう」


 アルバートの心中を「…怒らせたか?」とざわめく音が抜けていく。ごくりと唾を飲みこむ。大丈夫、まだまだ勝てる。


 剣を両手にもったアイリスは、ほんの軽い調子で湖面にうかぶ肉のうえをぴょんぴょん飛んで移動をはじめた。

 一際おおきな肉塊のうえに着地すると、彼女はそこで膝を曲げることなく、足首の筋力だけで、思いきり跳躍をした。

 踏切の反作用に湖面が水飛沫をあげる。

 ひとっ飛びで岸辺までく来る気らしい。


 ぴょーんっとよく伸びる大ジャンプ。人間をやめた動きに唖然としながらも、アルバートは「相手になろう」と、すぐさま手にもつ2つの銀の鞄からキメラたちを展開した。


 1匹目は『3つ首のケルベロス、トレントの縫合を添えて』。現在サアナを相手するキメラと同時期に量産した個体のひとつだ。

 2匹目は『シャクトパス~サメ頭のタコ~』。水辺で使う事を想定して、水中戦にすぐれた水辺の大型モンスターを合わせた個体だ。


 アルバートは2体のキメラを展開するなり、銀の鞄を投げ捨てて、怪書を片手にモンスター強化魔術──記録焼化をおこなった。


 ページのうえに紡がれたキメラとアルバートの絆が焼けて、モンスターをより逞しく、より速く、より硬くしていく。


「さて、次が本命だ──スラトゥレンスィ、ハエを撃ち落としてやれ」


 使役者の一言で、湖の外周を囲うように配置されていた新型キメラがぴょんっと草むらから飛び出した。


 スラトゥレンスィ。

 怪書登録済み。安定個体。ジャンボスライムから着想を得て、トゥレンスィに備わっていた、木の枝の触手をだす能力を改良し、50匹ものスライムを合成することで、液状のボディを常に超高密度にたもち、体の一部を撃ち出せるようになっている。


「撃て」


 空中をふわっと飛んで的となるアイリスを、湖を包囲しているスラトゥレンスィたちは一斉に、体から触手を射出して狙い撃った。


 精度は期待できないが数が数だ。

 弾幕は空中のひとつの的に一斉に着弾して爆発を起こした。


 アルバートはほくそ笑む。


 彼はそのまま隙をつかい、縫合ケルベロスとシャクトパスをかたわらに引き連れて次なる銀の鞄を回収しにいく。

 湖のどこへ飛ばされても平気なように、周囲に満遍なく隠している分だ。

 魔術工房の外での開発だったため『灰塵のアルガス』を抹殺したほどの個体は、残念な事につくり出せてはいない。

 だが、それでもすべてが超一級品のキメラたちだ。


 加えて──、


「どうせ死んでないんだろう? 湖から出すな、お前たち。剣士に足場は与えない」


 怪書を片手に湖面に落下したアイリスを釘付けにするべく、最適な陣形でブラッドファング10体の前衛、トレント200体による壁、スラトゥレンスィ50体による後衛──という具合に、ユニットを作成して対応させる。


 簡略化された指揮系統は、アルバートの頭のなかをクリアに保つ効果がある。

 増えすぎた繋がりのせいで、個々の操作性が大きく欠けてしまっているため、単純な命令で動くように配置することが、大量のモンスターを一斉に動かす上では必須なのだ。


「これで5つの迎撃部隊が編成できたな。足りれば良いが……」


 アルバートはトゥレンスィたちの猛烈な射撃で、水飛沫が絶えない湖面をみすえる。


 新しいモンスター。

 圧倒的な戦力、

 数の暴力。

 完封の陣形。

 

 あわや勝負はついたかのように思われた。


 しかし、その期待は水飛沫を剣を振るだけで払いのけ、スライム弾をはじきながら、″水面を走りだした″少女によって否定された。

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