暗殺ギルド編 Ⅶ

 アルバートがアーサーに追いついた時、あたりはすこし明るくなっていた。


 隠し通路の出口である岩場の隙間から、彼はニャオの案内にしたがって、森の浅域まで徒歩でやってくる。


「歩かせるなよ」


 アルバートは悪態をつきながら、木陰で両腕をなくしたアルガスを見下ろす。


「ん、腕を怪我したのか。平気か?」

「問題ございません。多少しびれる程度です」

「そうか。悪化するようだったら言えよ」


 アルバートはアーサーへそれだけ言い、アルガスのすぐとなりの木の根に腰を下ろした。


「俺は時間を無駄にするのが嫌いだ。言っている意味はわかるな?」

「ぅ、ぅぅ……」

「俺はお前たちに被害を受けさせられた、家を燃やされ、父親を殺された。あまつさえ母親すら失うところだった。あの屋敷に仕えていた大切な使用人たちも殺された。俺の乳母だってなかにはいた」

「ゆる、してくれ……悪かったと、思っている……」

「いいや、違う、全然違う、アルガス。俺が聞きたいのは命乞いじゃない。お前がもし生にしがみ付きたいなら、俺の機嫌をとってみせろ」

「……頼まれた、んだ、仕事だった……俺の仲間も、6人も死んだ……」

「だが、すべて長であるお前の選んだ道だろう? 違うか?」

「そうだ……だから、手は引いたんだ……割に合わない…から……それに、詳しく調べれば…あのアーサー・アルドレアまでいるって話じゃねえ…か。騙されてたんだ、『アルガス』も……だから、俺は、仲間の死は忘れて…この仕事から、手を引いて……ぜんぶ忘れようと──」


 アルバートはアーサーの顔をみる。


 彼はひとつうなづき、懐から金属杖の柄をとりだすと、魔力で杖身を構築し、流れるようにアルガスの顔をなぐった。


 アルバートは瞳の奥に怒りの炎を隠せない。湧き上がる激情に刈られていた。

 死にかけのアルガスの胸ぐらをつかんで、顔を近づける。


「いいか良く聞けよ、ドブネズミ。俺はてめえの事情は知らない。てめぇが自分で選んだ稼業にどんな姿勢だったのかも知らない。心底どうでもいい。俺はただ、俺たちがこうむった被害の話をしてるんだ。これは全部お前自身で招いた結果だ。それを忘れるな。同情さそおうなんて……今更、都合が良すぎるだろう? 時間の浪費に俺を付き合わせるな」


 アルバートのイラつきを間近で感じて、アルガスは話をする猶予が自分に残ってないことをようやく理解する、


 口をパクパクさせ、声を出そうとするも、恐怖と体力の低下で、思うように言葉がでない。


 されど、彼は一言絞り出すように言った。


「サウザン…ドラ、サウザンドラ家がワルポーロ・アダン…とアルバート・アダン殺害の依頼主だ……」


 魂の抜けたように声を絞り出したアルガスは瞑目して自分の弱さをなげく。

 アルバートは目を見開いて、ありえない事態──否、あってはならない返答に狼狽した。


 どういうことだ……?


 どういうことだ?


 どういうことなんだ!


 アルバートはあれほど渇望した答えを、強く否定しようと必死だった。


「嘘をつくなよ」

「この状況で…嘘なんて…つきゃしない」

「……サウザンドラ家について知ってる事を話せ。まだ何かあるだろう」


 アルガスはうつろな眼差しで一点を見つめる。

 ふと思い出したように「令嬢」とつぶやく。


「当主から鳥便が来たな……もう文面は燃やしたが……たしか、家の令嬢を送り込んだとか……サウザンドラの意志で現場に居合わせるかもしれないから、その時は決して危害をくわけないように、とか……依頼内容の微妙な修正は…よくあるんだ…」

「そんな、まさか……」


 アルバートは天を仰ぎ見て、顔を両手で押さえる。ふらふらと全ての終わりを悟ったようにさまよい、胸の内側からこみ上げてくるいくつもの感情を木に叩きつけた。


 木を揺らす轟音があたりに響く。


「クソッ!」


 騙された!

 欺かれた!

 拐かされた!


 アルバートは唇を噛みきり、血が流れ出るほどに打ち震える。

 

 必死になって冷静になれと自分の理性がうったえかけてくる。

 しかし、一度爆発した裏切りへの、怒り、悲しみ、失望、悔しさは隠すことなどできない。


「落ち着け、落ち着くんだ、アルバート。多角的に物事を見なければ、本質を見失うぞ」


 自分に言い聞かせ、この重大な事実を確定という枠組みからすこし浮かせる。


 アルバートはその後、アルガスから聞き出せるだけの情報をひきだした。


「すべて話したぞ……だから、頼む、もう放っておいてくれ……あんたたちには関与しないから」

「……アーサー、行くぞ」

「はい」


 アルバートは最後にアルガスを一瞥し、背を向けて歩きだす。


 アルガスはほっと安心したように息をついた。


「アーサー」

「はい」


 主人の一声ですべてを察した執事長は、金属杖を一本アルガスのすぐ近くに投擲した。


 勢いよく幹に刺さり、おじけづくアルガス。

 しかし、何のためにこんな事を?

 そんな風に彼が思った時──。


「言い忘れていましたが、『聖歌隊』において、聖火杖は別名:爆裂杖とも呼ばれていました」

「……は?」


 アルガスは間抜けな声をもらす。

 瞬間、彼はあたりをふきとばす強烈な熱と爆発に巻き込まれてしまった。


 ──数日後


 馬車の中。

 アルバートは険しい顔をして窓の外を眺めていた。


 彼の横にはいつもどおりアーサーが座っている。しかし、ローレシアへの行きとは違い、灰色の髪をしたメイド服の少女が──それも2人、追加されている。


 顔色ひとつ崩さずに座っているが、内心では新しい主人であるアルバートに完全に怯えきっている。


 自分の屋敷に帰るというのに、とてつもなく不機嫌なことも拍車を掛けていた。


 しかしながら、当の本人は不機嫌かと聞かれれば「不機嫌ではない」と、すっごく険しい顔で答えてくる始末。


 手の施しようがなかった。


「お前たちはただのアンチ暗殺者だ。常より貴族は暗殺に対して一定の対処法を常備しておくもの。お前たちにはそれ以外期待してないし、何もして欲しくない。だから、変な目で俺のことを見るのをやめろ」


「……すみません」

「……ごめん」


 双子の少女はぺこりと謝って、アルバートの背中から視線を外す。


 実際のところ、アルバートは不機嫌ではなかった。


 ただ、理性と本能の間で揺れるアイリスという少女への信頼をどこまで持っていいのか、優秀な頭脳を数十時間動かしつづけて計算したいだけなのだ。


 もちろん答えなど出るはずがない。


 アイリスを信じたい気持ち。

 アイリスが信じてくれた自分の気持ち。

 追い求めた結果たどり着いた解答。

 邪智暴虐の魔女である彼女ならば自分のことをどうにでも操っていた可能性があるという推量。

 だとしても、魔術研究での献身的なふるまいはなんだったのか?

 湖を散歩した記憶、ともに汚濁を頭からかぶった記憶、夜中にテントに忍びこんで双方怒られた記憶──全部、嘘だった?

 

 アルバートはもうわからなくなっていた。

 涙がとまらなかった。

 毎晩、ひとりで宿屋をぬけだしてはニャオをかたわらに飽くまで泣いた。


 アダン家の当主として、アーサーにも使用人にも涙は見せないと決めている。

 ゆえにワルポーロの墓前で、決して泣かない、と誓った。しかし、アイリスの裏切りはそんな誓いすら破らせてきた。


「……ぁぁ、ジャヴォーダンだ」


 アルバートは瞳の水面に霞んで、はっきりとしない、されど見慣れた辺境都市のシルエットをみて言葉をもらす。


 この日、ローレシア魔法王国へのアダン遠征隊は、10日間の旅を終えて屋敷へと帰還した。

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