お出迎え


 曇り空が憂鬱な気分にさせてくる。

 本日も血の騎士サアナ・ハンドレッドは、主人アイリスの起床を手伝うところから1日をはじめる。


「アイリス様、またベッドのしたにアルバート・アダンの品をため込んで……本当にいい加減にしてください!」

「わたしじゃないですよーだ」

「他に誰がいるんですか」


 サアナは普段から頭痛の種となっている主人の収集癖に疲れたため息をもらした。


 アダン家の当主アルバートが、ローレシアへの遠征に出てから「隙だらけですよ!」とか言って、調子に乗りだしたのは、淑女として本当によろしくない行動だ。


 ここら辺ではやくこの主人を何とかせねば。


 サアナはそんな風に思っていた。


「アイリス様、まずは一歩ずつ病気を治していきましょう。そうですね、最初の一歩は男モノの下着を盗まない事です」


 自分で言っていて「なにを私は主人に言っているんだろう」と困惑してしまう血の騎士の朝であった。


 ──午後


 曇った空のせいで、アフタヌーンティーがイマイチ盛り上がらない。

 しかし、凛として爛漫なアイリス・ラナ・サウザンドラは曇天ごときでは曲がらない。


「ティナ、あなた最近は、アルバートにひっつく時間が増えたように思いますよ。これは彼の花嫁として少し苦言を申さなければならないでしょうね」


 アイリスは得意げな顔で紅茶をすすり片眉をあげる。

 大貴族の令嬢が、よそのメイド相手になにを牽制しているのか……。サアナとしてはやめて欲しい気持ちでいっぱいだ、、


「まあ、そんな! 申し訳ございません! アイリス様はアルバート様のことがこーんなに大好きだと言うのに!」


 わざとらしい声。


 ティナは2歳だけ年上の貫禄を見せつけて、おおげさにからかう攻撃でアイリスの精神力を削りにかかる。返り討ちであった。


「なな、そんな、べ、別にそんな好きじゃないです……! あ、いえ、好きですよ、好きですけど……それは婚約者して当然に持っているべき愛情という意味合いでして……」

「そうなのですか? 存外に冷めた仲なのですねー。私はアルバート様のことをお慕いしておりますよ。こーれくらい!」


 ティナは大きく手を広げて二カーッと太陽ような笑顔をうかべる。

 アイリスは負けじと立ちあがり「わ、わたしはこれくらいです! ティナより大きいですよ!」と胸を張った。


 まわりのメイド達は、ちいさな少女たちの張り合いに微笑みを浮かべている。

 平和すぎる光景のなか、サアナだけが当たりの警戒を怠らない。


 今やアダンにおいて武力を有する人間はサアナとアイリスだけ。


 うちアイリスはこんな具合なので、自分がしっかりしなければ、アダン屋敷の防備は丸裸も同然だ──と彼女は考えている。


 多数モンスターたちがいるようだが、それもどこまで信用なるかは専門家ではないのでわからない。


 サアナは唯一絶対の信頼をおける、自分の身に宿る7代の歴史を積みあげ、練られた血の能力を尖らせていた。


 ゆえに、彼女がアダン屋敷へ帰還する遠征隊に一番はやく気がついたとしても、それはごく自然なことだった。


「え? アルバートが帰ってきたの?」


 サアナの耳打ちを受けて、アイリスは夢でも見てるかのような顔をした。


「さ、ささ、サアナ、わたしの顔変じゃない……?」

「変わらず、お美しいです。アルバート・アダンでは10人束ねようと、釣り合いが取れぬほどに」


 サアナなりに褒められているとわかったアイリスは、すぐに紅茶を置いて、門へと駆けていった。


 アイリスとサアナの挙動ですべてを察した使用人たちは、いそぎ総出で遠征隊の帰還を出迎えることになった。


 アダンを率いる敏腕当主であり天才魔術師たる彼の、待ち望まれた帰還に、使用人たちの顔には笑顔がやどる。


 ただ、一番ワクワクしているのが誰かと聞かれれば、それはやはりアイリスだろう。

 次点でアルバートに対して特に厚い信奉をそなえるメイドたちだろうか。

 

 5台の馬車からなる遠征隊が敷地内におさまりきり、いよいよアルバートの乗る馬車から彼が降りてきた。


 ゆっくりと馬車の扉は開かれて、執事長アーサー、そしてメイド長、続いてなぜか見慣れない灰色髪の少女たちが出てくる。


 アイリスはここでムッとする。


 なんだあの少女たちは。

 ティナと同じくらいの歳で、しかもやけに可憐なたたずまいをしている。

 しかもアルバートの馬車から降りてくるだと。


 正妻意識の強いアイリスとして、なかなか見過ごせることではない。


「ッ、まま、ま、まさか、ローレシアで愛人を買って来たんじゃ……っ!」

「落ち着いてください、アイリス様」


 サアナは冷静になだめにかかる。


 やがて、アルバートが馬車から降りてきた。久しぶりに見る彼の顔は、以前よりもずっと大人びて見えた。

 

 たったの10日間のあいだに何があったのか。経過した時間にふさわしい成長とは思えない。ローレシアで難しい局面に遭遇し、それを解決せんとして来たのだろうか。


 想像を膨らませるアイリスはそれだけでときめいていた。凄い魔術師っぽい、と。


 馬車から降りたアルバートは、すぐな首をキョロキョロさせて誰かをさがす。

 その視線はアイリスを視線にとらえた瞬間、ピタッととまった。


 アイリスはまず第一に自分を探してくれたことが嬉しかった。

 それだけで今晩中ベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねられるくらいに歓喜している。


 とは言え、顔に出すわけにはいかない。


「こほんこほん。アルバート、おかえりなさい。長旅お疲れ様でした」

「…………」

「? アルバート?」

「…………」


 目の前にいて確かに聞こえているはずなのに、アルバートは、アイリスの言葉に何も返さない。


 見かねたアーサーは咳払いをひとつして「坊っちゃん」と気つけをする。


「ぁ、ぁぁ。……んっん、あり、ありがとうございます……」

「大丈夫ですか、アルバート? なんだか具合が悪そうですが……」

「平気です。すこし疲れてしまったようで……いろいろのありました、から」

「それはそれは、アルバートのお土産話を聞くのが楽しみですね!」


 アイリスは幸せが算術級数的に増えていく気がして幸せの絶頂を迎えていた。


「疲れているので、その、えっと……今はこれで失礼いたします……」


 アルバートはそう言い捨てると、口元を押さえて足早に使用人たちがつくった道を抜けて奥へと行ってしまう。


「どうしたのでしょうか、アルバート……本当に具合が悪そうでしたが」

「疲れているのでしょう。坊っちゃんはローレシア原産のモンスターたちを用いて、キメラの合成や、試用を行なって参りましたから」


 アーサーは穏やかな表情で補足する。

 そして、近くでキリッとした無表情で待機していた灰色の少女達に「ついて来てください」と、穏やかな笑顔で言うと奥へと行ってしまった。

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