暗殺ギルド編 Ⅳ


 アーサーの戦力をもってすれば、たとえ敵がこちらを遥かに上回る人数を用意していようと、問題なく殲滅できる──。


 アルバートはそう考えていた。


 ただ、一抹の不安として我が家の執事長はなかなかの年齢だ。人が人なら隠居を考えてもよいくらいだろう。

 ゆえに、彼が最も名を馳せた、かの時代──『エドガー・アダンの右腕』としての能力を有しているのか否か、その問答に対する疑念は、わずかながらアルバートのなかには残っていた。


 ただ、蓋を開けてみれば、忠臣に対する疑いは、実につまらなく無用のものであったと言わざるを得なかった。


「坊っちゃん、おそらくここが最奥かと」

「アジト内にネズミは残ってるか?」

「いえ、おそらくこれで全てかと。ここへ誘導するように道を選んで来ましたので」


 アルバートは満足げにうなづき、血に濡れたベッドのうえで、裸体で震える少女を見た。


「布団にくるまって耳を塞いでおけ」

「は、はぃ……っ、あ、あの、わたしは関係ないんです……い、命だけは……!」

「耳を塞いでおけ。もう一度は言わん」


 少女は涙をながしながら、ふかふかの布団を頭からかぶった。


 アルバートは部屋を見渡して、アーサーが唯一急所を外して生かした暗殺者に近寄る。


 2本の金属杖によって体を壁に縫い付けられており、その顔は恐怖に歪んでいる。


 アルバートは血に濡れた床をふみわけて、その顔をのぞき込んだ。


「『灰塵のアルガス』はどこにいる?」

「……くっ、てめぇ、ボスの命が狙いか!」

「質問に答えろ」


 アルバートは刺さった金属杖を軽くノックした。玄関扉を叩くような気軽な所作は、されど暗殺者にとっては耐えがたいものだった。


「ぐぅあ、はぁ……っ!」

「『灰塵のアルガス』はどこだ」

「は、はっ…知るかよ……お前らはボスの前でひざまづく事になる……あの人は残酷だ、お前たちがどれだけ殺して欲しいと懇願したところで、決して殺してはくれないぜ……へ、へへ……」

「うむ。案の定、口は割らないのか。まあ、いいさ、さして期待はしてなかった」


 アルバートは納得したようにうなづき、暗殺者の身体にささった二本の金属杖を思いきりひきぬいた。


「ぐあああ?!」

「行け。そして、『灰塵のアルガス』に伝えろ。アルバート・アダンはどんな手を使ってでも貴様を追い詰めて殺す──とな」


 暗殺者は息も絶え絶えに、傷口を押さえ、這いつくばりながら寝室を逃げだした。


 と、その時、アーサーが一枚の紙を手に「居場所がわかりました」とよく通る声で行った。


 逃してもらえそうになった暗殺者の顔色が蒼白にかわる。


「どうやら、王都郊外にアジトを構えているようです」


 アーサーはチラッと暗殺者を見て、懐に手を伸ばした。


 暗殺者は狂ったように悲鳴をあげながら、なりふり構わない逃走をはじめた。


「アーサー、いい。逃がせ」

「よろしいのですか?」

「ああ──外にニャアを待機させてる」


 ニャアは隠密能力にすぐれたハンターだ。

 どんな高さから落としても、必ず足から着地する身軽さと、あまりにも可愛らしい姿をもっており、街中でニャアの集会を開いていても、モンスターとして討伐されないという破格のステルス性をもつ。


 得意な能力をもたない獣系モンスターのなかで隠密系能力は随一だ。


「人間に限らなければ隠密系能力に秀でた存在はいくらでもいる。だから、あの暗殺者は平気だ」

「おっしゃる通りかと。流石でございます」

「世事はいい。それより金目のものを盗んでおけ。専門店におろせなかった分をここで稼ぐ」

「かしこまりました」


 アルバートはそう言い、「さて、次はお前か」とつぶやいて、布団の隙間から涙ぐんだ目をのぞかせる少女に近寄った。

 

 

 ──しばらく後


 アルバートはハイライトの失われた瞳でボーッとして歩く少女が、賑やかな街へ帰っていくのを見送っていた。


「アーサー、このまま行けるか?」

「問題ございません。聖火杖は本数を揃えております」

「よし」


 アルバートはうなづき、鋼の執事とともにニャアとの繋がりを追いはじめた。


 ──1時間後


 2人は王都郊外へやってきていた。


「アジトで見つけた地図の場所と、ニャアの示した逃した暗殺者の場所は一致している。ネズミはちゃんと巣に帰ってくれたようだ」


 アルバートは朽ち捨てられた遺跡を見あげる。

 柱の影からちいさな四足獣がでてきた。しなやかな身体をうねらせて、ぐーっと伸びをしている。


「ニャオ」

「よくやったぞ。引き続き出入り口を監視するんだ」

「ニャオ」

「アーサー、背後を頼む。こいつを試したい」

「お任せください」


 アルバートは遺跡の入り口へ、トラップを警戒しながら足を踏み入れた。



 ─────────

        ─────────


 

「なんで帰ってきたんだ」


 荒い息をはき、顔中に脂汗を滲ませる部下へ、その男はイラついたように吐き捨てた。


 年齢は20代中盤、無性髭と、雑な髪型が野性味を感じさせる。


「ぼ、ボス……ボスの、能力で…た、助けて、くださぃ、ぃ……っ! もう、痛くて、痛くて、死にそう、です…!」

「……ユウ、殺しとけ」

「了解」


 ユウと呼ばれた灰色の髪の少女は、短剣をとりだすと、迷わず狙いをつける。


「ゆ、ユウさん、お、お願いします……」

「ごめん。でも、ボスの命令は絶対だから」


 ユウは一言つげて、軽やかに短剣を投じると、死にかけの男はそれ以上を語らずに息絶えた。


「襲撃者が来る。手早く全員を引き上げさせろ」

「ボス、戦わないの?」

「暗殺畑の人間がなぜ正面から迎え討つ? 帝国に引き上げて情報を集めてからでいい」


 男はユウの顔を見つめる。


「お前たちがこっちにいて助かった」

「?」

「お前たちが殺されてたらと思うと、俺は冷静でいられなかったかもしれない」


 男は少女の細いあごを持ち上げて、唇を重ねた。少女は身を任せて瞳をとじる。


「ボス……はやく行こう」

「ああ。リンを呼び戻してこい」


 ユウは、こくりとうなづき、部屋を出た。


 リンはユウの双子の妹だ。

 かつて男に拾われて、ともに選ばれた者にだけ与えられるチカラを授かった。


「アルガスに喧嘩を売るなんて、どこのアホが来たのかな…………ん」


 ユウはリンの部屋へ向かう途中、異質な臭いをかいで顔をしかめた。

 そして、走りだした。


 彼女ら暗殺稼業に身を置く者ならばつねに嗅ぎなれている死のニオイだった。

 とはいえ、暗殺者も人間だ。


 平時のテンションでいきなり濃厚な血の臭いにさらされては気分も悪くなる。


 それが、目的地からただようモノならなおのことだ。


 ──ピチャピチャ


 ただ、そんな少女の気も知らずに、水面があったなら静かな波紋をつくっているであろう、湿った足音は近寄ってくる。


 廊下を照らすはずのろうそくの火は消えているので、暗闇からそれは響いてくる。

 

「重たい足音……っ、人間……?」


 前提を疑うほどの質量の予感に、ユウは腰を落として短剣を2本構えた。


 暗闇からソレが姿を現わす。


「グジュるる」

「ぐらァアア……っ、ぁ」

「ぐちゅぐみゅ」


「……ッ?!」


 恐ろしい怪物たちが暗闇から姿を現した。

 それは悪魔の設計。

 この世界に存在してはいけないおぞましい姿をしていた。






 

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