暗殺ギルド編 Ⅲ



 使用人を連れて店でてくるアルバート。


「なんということだ……魔法王国に使役術が存在しないとは」


 アルバートは頭を押さえながら、馬車に詰めこまれたトゥレンスィたちをどうするべきか思考をめぐらせる。


 アーケストレス魔術王国にくらべて、ローレシアでは魔法が普及している。

 代を重ねて、魔術の研鑽を積みあげていく方式ではなく『四大属性式魔術』と呼ばれる、″武器としての魔術″が盛んなのだ。


 真・美・善、学問・真理の探求としてのアーケストレスの魔術からすれば、それはひどく低俗でくだらないものだ。


 ゆえにアーケストレスではこれら『四大属性式魔術』をはじめとした、現代魔術の使用者たちを″詠唱者″として区別する。


 探求する者ではなく、ただ、貴族たる魔術師が積みあげた成果を唱える者。


 そんな意味が込められているのだ。


「はあ……ローレシアでは使役モンスターとしての需要は見込めないな。やはり、予定どおり闘技場におろすか」


 アルバートは使用人に指示を出して、馬車を出発させた。


 この日、彼は足を動かして魔法王国の王都ローレシアにある3つの闘技場をまわり、それぞれにアポイントメントをとりつける事に成功した。


 ──夜


 宿屋の一室。

 窓の外で酔っぱらった若者たちが賑やかに騒ぐ音が聞こえる。


 そんな、賑やかさをそっちのけ、薄ガラス一枚はさんだこちら側では、渡された資料に目を落とす主人の耳に、執事長の耳触りの良い声がたんたんと響いていた。


「ゲオニエス帝国を本拠地とする暗殺ギルド『アルガス』は、15年前から活動をはじめた強靭な殺人集団です。構成員は230名前後。『灰塵のアルガス』もとにつどい結成されており、闇の世界では相手にしてはいけない者として恐れられている──とのことです」

「『灰塵のアルガス』……こいつが父さんを……」

「実行部隊を送りこんだ張本人ならば、依頼人の情報も当然把握していると思われます」

「たが、本拠地はゲオニエス帝国なのだろう。ローレシア魔法王国に駐留してる者のなかに『灰塵のアルガス』がいる保証は?」

「申し訳ございません。長の居場所までは突き止めることはできませんでした」

「では、駐留してる暗殺ギルドの場所は把握しているんだな?」

「はい。こちらでございます」


 渡された建物の住所をみる。

 それは、高い情報料とひきかえにアーサーが入手したものだ。


「……たしか、闇の世界では相手にしてはいけない者として恐れられてるんだったな」

「はい」

「では、襲撃を受けて黙ってるような大人しい輩ではないんだろうな。──ドブネズミを巣穴からおびきだすぞ」

「かしこまりました」


 アルバートは立ちあがり、冒険者用の分厚い装束に着替えた。


 ──しばらく後


 夜の通りをいく2つの影があった。

 ひとつは背が低く、カバンをもった少年。

 ひとつは鋼のように背筋の伸びた、歴戦の厚みがある老紳士。

 

 彼らは迷いない足取りで路地裏にはいり、ちいさな倉庫へやってきた。

 

 忘れられて久しい倉庫であるはずが、埃っぽくはなく、観察眼のある者ならば人間の出入りがあることがすぐにわかる。


 老紳士は倉庫に置かれた木箱のひとつに近寄ると、床にある何度も擦られた痕跡をみて確信を得た。


 彼は胸元からマッチを取り出して、火をつける。

 通常、オレンジ色の温かな明かりが灯るものだが、そのマッチの炎は身も凍るような青色であった。


 炎はあわく光り、木箱周辺にトラップが仕掛けられていないことを使用者に教える。


 少年と紳士はそれがわかるなり、構わず木箱を横へずらして、その背後に隠された通路へと足を踏みいれた。


 暗い階段を足音立てずに降りていくと、やがて声が聞こえてきた。


「ああ、なんで今日に限って入り口の見張りなんて……」

「俺らには敵が多いからなぁ……仕事柄こういう役割は必要になるさ」

「でも、せっかく団長不在のなかリンさん、ユウさんと同じ穴蔵にこれたのに、これじゃ仲良くすることもできやしねえ」

「勘弁しろよ、お嬢たちに手を出すつもりなのか?」

「俺は臆病じゃないんでね」


 談話に夢中の見張りが2人。

 されど、彼らは名の通った暗殺ギルドの構成員だ。

 闇に紛れる術に関して素人なものたちの接近に気が付かないほど、間抜けではない。


「あ? 今、なんか物音がしなかったか?」

「シッ……誰か呼んでこい」


 わずかな足音に即座に反応した見張り番たち。


 彼らの視線の先に、暗い階段から降りてくる少年と老紳士の姿があった。


 少年を片手にカバンを持ちながら、老紳士は手に何ももっておらず、また武器を装備しているようには見えない。


「どうなさいますか」

「応援を呼んだらしい。なら奥にまだ人がいる。両方殺していいぞ」


 少年の指示に老紳士はうなずき、前へと歩みでる。


「勘弁しろよ、侵入者かよ……」


 見張り番は老紳士の発する異様なオーラに凄味を感じておじけづく。


「では、まずあなたから──」

「悪いな、じいさん、暗殺者は勝てない勝負には付き合わないのさ!


 老紳士の挨拶をさえぎり、見張り番はすばやく煙玉を地面に叩きつけると、爆煙にその姿をとけこませた。


 少年はスッと入り口を押さえて、階段から逃げられないよう動いた。


 と、その瞬間──


「──残念ながら見えております」


 通路に充満していた煙の壁が、ブワッと一瞬にして開けた。

 強烈な風圧の発生だ。


「っ、なにが──ぐぉあ?!」


 煙の晴れた向こう側。

 少年は通路の奥へと逃走をはかった見張り番が、″金属杖″に貫かれているのを目撃した。


 金属杖は合計3本放たれており、完全に男の体を貫通していた。

 うち2本が右肩、左脇腹を背後から破壊して、壁にぬいつけている。


「おや。すべて命中させたつもりでしたが……若い頃のようにはいきませんな」


 老紳士は自らへの失望にため息をこぼす。


 と、ふと、彼は何かに気がついたような顔になった。


「坊っちゃん、申し訳ございません。武器の使用許可をいただいておりませんでした」

「構わん。決して油断せず、侮らず、すべての敵を制圧しろ」

「かしこまりました」


 老紳士はうやうやしく一礼をして、胸ポケットから杖の柄をとりだした。


「抜杖」


 彼がそうつぶやくと、杖の柄にわずかに魔力の輝きがやどり、持ち手しかなかったはずの柄から、先端がすーっと魔力の粒子で構築されていった。


「では、坊っちゃん、危険ですので、わたくしめの側を離れぬようお願いいたします」


 老紳士はそういい、金属杖を片手に、靴音を鳴らしながら歩きだした。

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