暗殺ギルド編 Ⅱ


 アダンの使用人たちが荷物を馬車へ積んでいるところへ、アルバートは両手にトランクを持ちながらやって来た。


「こいつも荷物のリストに入れてくれ」

「かしこまりました。中身はなんでしょうか?」

「秘密だ。俺とアーサーだけが知ってればいい」

「″そっち系″ですね……かしこまりました」


 執事の青年はぺこっと頭をさげて「アルバート様のトランク」という項目をリストに追加した。


「忙しそうですね。どちらへ行くんですか?」


 アイリスは立ち並ぶ馬車をみて、アルバートにたずねた。


「隣国にコネクションを作るために遠征をして参ります。僕がいない間、アイリス様たちのお世話は、ティナ含め当家の者たちがしっかりとサポートいたします。ゆえ、ご心配なさらず」

「わたしも付いて行っていいですか?」

「それはなりません。アダンは今、滅亡か存続かの分岐路にいるんです。アイリス様にはここに残ってアダン家を一時的に預かっていてほしいんです」

「っ、家を預かる……!」


 アイリスにとってそれは「家人のいない間、家を守る嫁」としての役割を強く意識させるものだった。


「し、仕方ありません! で、では、アルバート、お仕事頑張ってきてくださいね!」

「ありがとうございます」


 アルバートはぺこっと頭をさげた。


 ──1週間後


 アルバート率いる遠征隊は、国境を越えて隣国へやってきていた。


 ローレシア魔法王国。

 アーケストレス魔術王国が神秘の始祖であり、魔術の直系であるならば、ローレシアは傍系にあたると言えよう。


 この国では良く言えば伝統的、悪く言えば古臭いアーケストレス魔術王国のしきたりを気にしない自由な学びの風が吹いている。


 魔術家という概念が存在せず、魔術師を名乗るものは必ずしも貴族ではない。


 アーケストレス魔術王国の魔術師としては、眉をひそめざるおえない制度と国柄であるが、この国の魔法魔術もまた高い水準にあるので下手なことは言えない。


「到着しました」


 ずっと感じていた不規則な馬車の揺れがおわり、主人と同席するアーサーは口をひらいた。


 久方ぶりに喋ったというのに、タンが絡まったりしないあたり流石だな、とアルバート自身は変なところに関心していた。


 馬車を降りると、まぶしい太陽の光にさらされてアルバートは目をほそめた。


 馬車での長旅の最中、アルバートはあまりに暇で勉強にふけっていた。

 そのせいで、逆に勉強に集中しすぎて眠る時間をおろそかにし、生活習慣が崩れていた。

 ほぼまっくらな馬車内は、そんなアルバートがお昼寝をするための空間であった。


「んぅー。ふう。おや、なるほど……たしかに魔術師らしい者もチラホラいるが、アーケストレスとはまるで違う風を感じるな」

 

 これが魔法王国か。

 本来の目的以外にも、いろいろと面白い収穫がありそうだ。


 凝り固まった身体を伸ばしながら、アルバートはそんな事を思っていた。


 ──しばらく後


 アルバートは借りた倉庫のなかで馬車に乗せた持ってきた材料でつくった細胞スライムと、スライム、トレントを合成していた。


 普段は魔術工房の研究を知らないアーサーに実演を見せるためだ。


「細胞スライムに通常の死亡したスライムを混ぜることで安定性を高めているんだ」

「生きていてはダメなのですか?」

「魔力格子がからまって硬くなるからな。だから、殺して柔らかくする」


 アーサーは魔法陣のうえに集められたモンスターへ目をむける。


「スライムとトレントはキメラになれるのですね」

「ああ。実はこいつはアダンの主力商品モンスターなんだ。別々で売ると、相場はそれぞれ銅貨0.1枚と銀貨5枚程度だが……トレントとスライムのキメラは、新種のモンスターとして金貨2枚が相場になりつつある」

「『トゥレンスィ』ですか。昨晩だけで20匹ほどチャンピオン闘技場に卸しましたか」


 トゥレンスィ。

 現状、アダンが保有するキメラのなかで最も安定している種だ。

 流動する身体から木枝の触手を槍のように射出するモンスター。

 スライムが元になってるとは思えないほど強い。


「あのレベルのモンスターであれば、もっと値をつけてもよろしいのでは、と愚考いたします」


 ぐちゃぐちゃと隣で音がするなか、アルバートは机に寄りかかって説明をはじめた。


「それは最もな判断だな。ただ、トゥレンスィはうちの元祖ブランドモンスターだ。獣系じゃないのがたまに傷だが、それでもトゥレンスィを売れるのは、″アダンだけ″という事実を広める事に意味がある」

「トゥレンスィを流行らせたいのですね」

「そういうことだ。見た目的、特異な能力、希少価値。観客はトゥレンスィが観たくなり、アダンと契約してない闘技場は、トゥレンスィが欲しくてたまらなくなる。だから、今は高値で売りつける時期じゃない──さあ、こっちへおいで」


 作業机のすぐ横の魔法陣でただいま産まれたばかりのトゥレンスィを、アルバートは肩に乗せた。


「アーサー、お前はメイド長と一緒に暗殺ギルドの詳細を知っているという仲介人に会いに行ってこい。俺はまず先にローレシアにアダンの種をまいておく」

「かしこまりました。護衛は──」

「いらん。トゥレンスィと……なによりアレがある」

「左様でございますか」


 アーサーは作業机のうえに置いてあるトランクをみて、納得したようだ。

 

「さて、ではもう少し作るとするか」


 アルバートはアナザーウィンドウを開いて余力を残しながら、精力的にトゥレンスィを量産していった。


 ──────────────────



 アルバート・アダン

 スキル:【観察記録Ⅱ】

 レベル34

 体力341/342

 魔力874/881

 スタミナ307/363



 ───────────────────

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る