暗殺ギルド編 Ⅰ


 ──2週間後


「坊っちゃん、これで契約を結べた闘技場は3つとなりました。魔術協会に補填していただいていた月の支払い分の諸費用は継続的に確保できたかと」

「数字を見るに……そのようだな。はあ、急場はしのいだか……」


 アルバートは執務用テントのなかで、椅子に深くもたれかかった。

 

 長らく交渉の続いていた、ジャヴォーダンの隣町グランデルの『グランデル・チャンピオン闘技場』、そして、これまたほど近い都市ベイジャックの『ベイジャック・チャンピオン闘技場』と話が落ちついた。


 複数の待ちに闘技場をもつチャンピオン商会にブラッドファングを引き連れて商談をしにいったおかげだろう。


 チャンピオン商会の会長は堅物で疑い深く、話は進まなかったが、隣の部屋から出てきた老人のおかげで話はスムーズに進んだ。


「元・チャンピオン商会会長……エドガー・アダンの狂信者だったらしいな」

「はい。彼をふくめ、現在は現役を退いた権力者のなかには、エドガー様をたいへんに尊敬されていた方も少なくありません」

「その威光を再び俺に感じてもらえた、と。嬉しいことだが……あの人を知るほどに影響力の強さがうかがえる」

「全盛期のエドガー様の威光はそれはすさまじく、かつてはドラゴンクラン大魔術学院にて派閥を組織していたほどでした」

「カリスマか。いや、あの人ならなんらかの魔術をつかったのかもしれないな」


 あの人は俺とは違う、真の魔術師だ。

 肖像画のように穏やかな老人ではない。

 研究のために命を搾取し、人道を踏み越えて、持てる才能すべてを試さずにはいられない絶え間ない探求心をもっていた。


 以前より、自分の祖父について理解を深めていたアルバートはそんなことを考えていると身震いのする思いになった。


「とはいえ、おじいちゃんの残した威のおかげでアダンが窮地をしのいだのは事実。コケコッコの卵もわりあい良い値段で売れるし『コル・セオ闘技場』での興行は非常におおきな物になってきた。ここからは基盤の強化に努めるぞ」

「エドガー様がかつて掌握なされていた闘技場はまだいくつもごさいますが、そちらはよろしいので?」

「ああ。アダン謹製モンスターのブランドを下げたくない」

「売るのではなく、買わせる、と」

「その通りだ、アーサー。魔術師たるものいつまでも足を使って、こちらから赴いてやる事をしていてはダメだ。向こうにアダンとの繋がりが欲しいと思わせなくてはな」


 アルバートはそう言って、本日の執務を終わりにして魔術工房へとおもむくべく腰を上げる。


「アルバート様!」


 執務テントへメイドのひとりが走ってきた。


「何事だ」

「急ぎでお耳に入れたいことが……! 例の暗殺者の件でごさいます!」


 メイドは息を荒く言った。


「そうか……ついにか」


 アルバートの瞳から急激に温度が失われていくのはその場の誰が見てもひと目でわかった。


 

 ──数日後


 アルバートは地下室へやってきていた。


 あの日の火災以来、床が崩落して埋まってしまっていたが、つい最近完全に掘りかえされたため来れるようになっていた。


 アルバートは懐中時計をふところにしまって、部屋の扉のまえにたつ。


 ゆっくり扉を押し開けて、そして、なかに安置されていた身の丈をやすやすと越える綺麗なクリスタルへ近寄った。


「母さん、お待たせしました」


 硬い声で挨拶をする。


 クリスタルの中にいるのは美しいひとりの少女だ。歳はえらく若い。


 声を聞いた記憶もない。

 触れられた感触も覚えてない。


 アルバートを産んですぐ致命的な神秘の病におかされてほぼ死亡した存在。

 変成魔術により、超長期的な治療の最中である彼女は、ついにはワルポーロが生きている間には目覚めることはなかった。


「父さんは、もう逝ってしまいましたよ。……最期がどうだったのか、情け無くも僕には確かめることすら叶いませんでした」


 アルバートはクリスタルに手を添えて、ワルポーロの死を報告する。


 青年時代のワルポーロ。

 冴えない魔術師としてすでに認知されていた彼だったが、この美しい魔女はそんな彼のことをたまらなく愛していたという。


 運命はふたりの時を残酷に引き裂き、ワルポーロは10年近くその目覚めを待ったのに報われることはなかった。


 アルバートは瞳を閉じる。

 胸の奥に煮えたぎる激しい怒りを必死に抑えようとしているのだ。


 永遠の時でも待つさ、私にはそれくらいしか出来ないから──そんな事を言って弱いくせに、我慢をしつづけて必死に戦ってきた男を彼は知っている。


 すべてはミランダに会えるその日のため、希望があったから彼は頑張った。


 なのに、この魔術世界はそれすら許しはしなかった。


 極めつけが屋敷ごとすべてを焼き払わんとする野蛮なる暴力だ。


 約束は失われた。

 待ち人には現れなかった。


「……母さん、父さんの仇を討って参ります」


 アルバートはそう言い残して封印室をあとにした。


 彼はそのまや地下通路でつながっている魔術工房の扉を押し開けてなかへ入った。


「おや、アルバート泣いているのですか?」

「いえ、気のせいでしょう。ところで、コケコッコの殻の方はどうですか」


 アルバートはコケコッコの産む超高級食材『銀の卵』を指差した。

 そこには、中身を美味しく食された殻がたくさん置いてあった。


「『銀の卵』は腐らないという。それはすなわち銀色の殻で覆われた空間に、なんらかの神秘が干渉しているからと考えられる」

「仮説通り、銀色の殻は時間的に封鎖された空間をつくりだす働きがありそうですね」


 アイリスはニコリと微笑み、近くに置いてあるトランクをもちあげる。


「時間とは空間の裏返しの解釈だ。時間の閉鎖が可能なら、空間的な独立をうながすこともできるだろう」


 アルバートはトランクを受け取った。

 何の変哲もない旅用のトランクであるが、縦にふればわずかに「シャリシャリ」と音がする。


「それじゃこれが『銀の鞄』として機能するか試してみようか──出てこい23号」


 アルバートは怪書をすばやく開く。

 彼の操作で、大檻から姿を現したのは、つい先日登録されたばかりの新作──既存の生態系には属さない特異な生命体であった。

 

 

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