キメラの発見


 ──1ヶ月後


 アーケストレス魔術王国は初冬をむかえていた。

 本格的に寒くなってきたアダン家のテントには、暖房を役割をはたす魔導具、音を遮断する魔導具、そのほか多数の便利な魔導具が設置され、住民のプライベートと快適な生活が確保されるようになっていた。


「アルバート様、見てください! 似合っていますでしょうか?」


 ティナは冬仕様の仮案として試作したモコモコ搭載型のメイド服をアルバートへ見せる。


 首回りや手首周りに白いモコモコがついていて、なんとも温かそうだ。


「悪くない。このデザインで行こう」

「やったあ! 正式採用です!」


 ティナは自分の案が通ったことに大変嬉しそうにしながらテントを出ていった。


「では、執事用はこのようなものでどうでしょう」

「似合ってるぞ。それで行こう」


 男性使用人のひとりがキザな笑みをうかべて、一礼してさがっていく。


「お時間取らせました。以上で使用人どもめの提案会を終わりにさせていただきます」

「うむ」


 アルバートはスッと立ちあがり懐中時計で時間を確認し、足早に魔術工房へと向かった。


 貴族家当主としての午前の執務はこれで終わりだ。


 アルバートは金属製の階段を降りて魔術工房にくだっていく。

 すると、足音にふりかえったアイリスが穏やかに微笑んで檻の中の生物を紹介する。


「ホワイトファング、新種みたいですよ、アルバート」


 凛とよく通る声に、彼はうなづいた。

 予想通りの結果であったからだ。


 檻からホワイトファングをだしてあげる。

 真っ白な毛並みを携えた獣は、アルバートの前でひざまづいた。

 彼は怪書を開いて、なでなでしながらモンスターの登録をしていく。

 

 実を言うと、怪書のなかにホワイトファングなるモンスターは登録されてないのだ。


 では、なぜ細胞スライムのなかからこの白い獣が現れたのか。


 それは、環境の変化によるものだ。


「極めて低温な環境でファングを召喚すると、その環境に適応するために、別の性質を持った近しい種が召喚される。つまるところ、これは生物進化だ」


 これが冬の到来とともに、アルバートとアイリスがたどり着いた怪書モンスターの新しい性質だ。


「ぷるるん、ぷるるん」

「ありがとう、スラ蔵」


 スラ蔵は、今では敷地内で無数に飼われている実験過程で生まれたホワイトスライムたち、その一番最初の個体だ。


 彼らスライムはまたしても、アダンの禁忌の魔術の発展に身を捧げてくれたのだ。


「ぷるるん、ぷるるん」

「今日の仕事はもういい。仲間のもとへ戻ってやれ」


 アルバートはそういって、階段を登るのが大変そうなスラ蔵をもちあげて地下魔術工房から、書庫へと投げてあげた。


「さて、ではもう一つの性質についての実験を始めましょうか」


 魔術工房の中央にとられた、魔法陣の中。

 2匹のファングを見つめてアルバートは怪しげに微笑んだ。


「用意するものは、4つ」


 手元のレポートに書かれた要領で黒赤の細胞スライムを魔法陣の中央に置く。


 次に細胞スライムのうえへ、ファング2体を移動させる。


「グアァ!」


 細胞スライムはファング2体を飲み込むように身体にまとわりついた。

 アルバートはすかさずバケツ一杯にはいったスライムを、ぶっかけることで、細胞スライムとファング×2へ加えた。


 すると、凄まじい蒸気が発生して、ビリビリとスパークすら発生した。


「すごい魔力の上昇だ……っ!」


 風圧に魔術工房内のろうそくはかき消され、古本のページがペラペラと高速でめくれていく。


「アイリス様、大丈夫ですか?」

「え、ええ、平気です」

「本当に? 怪我してないですね?」


 すこし前の実験で、飛んできたガラスの破片で、彼女が頬を切った事件があった。


 それ以来、アルバートは「アイリスでも怪我をするのか?!」と、今まで強者として扱ってはいても、レディとしては扱ってこなかったかも……と反省する様になっていた。


「失礼ながらステータスのチェックを」

「い、いいですよ、そこまでしなくても」

「ダメです。──失礼します」


 アイリスの白い手をつかみ、アルバートは彼女のHPを確認する。幸いにも値はさがってはいなかった。


「すみません、アイリス様」

「……べ、別に構いませんよ。確認は大切ですからね。うん、そうです、これからは毎日チェックすることにしましょう」

「…………アイリス様って僕のこと結構好きですよね」

「……っ、そんなでもないでふ……です。以前のアレは、婚約者として一定の好意を寄せているという意味であってですね──あんまりそうニヤニヤした笑顔をしてると叩きますよ!」

「痛ッ、あ、ああ! 実験に戻りましょう!」


 強引に話を転換して、アルバートは叩かれた頬を押さえながら、蒸気のむこうへ逃げる。

 アイリスも「待ちなさい!」と追いかける。


「っ、アルバート、これは!」

「ええ、どうやら僕たちの理論は正しかったようです……ひとまずは」


 アルバートは魔法陣の真ん中でうごめく血塗れの生物を見下ろす。

 そして、素手のまま熱されたその皮膚に触れる。手のひらに血がべっとりとついたが彼は気にしない。


「よく生まれて来てくれたな」

「ぐる、ぅ、ぅ」

「──記録開始」


 アルバートは出来損ないのモンスターを撫でて、その情報を怪書に刻みつけていった。


「怪書で記録できるということは、すなわちこれはひとつの種として確立された生命に近いと考えて間違いなさそうです」

「では、まさか本当に……?」

「はい、間違いないです。これはエドガー・アダンが生み出そうとしていた禁忌の魔術そのもの……彼の言葉を借りるなら『キメラ』と言って差し支えないでしょう」


 アルバートは生み落とされた″二つ頭のファング″を撫でて、立つことすらままならないこの生物を抱き上げた。


「キメラの合成は新しい生命の探索と同義。ようやくカタチになりましたが、まだまだ完成には程遠いいですね」

「細胞スライム、通常スライム、組み合わせるモンスター、環境、触媒……。すべてを適切な分量で合成する必要があるなんて……流石の『使役学の父』にもすんなりと解決できなかったようですね」


 アルバートは二つ頭のファングを毛布にくるみ、『第一号』と書かれた檻のなかに入れた。


「ええ、ですがここからですよ。エドガー・アダンに出来なかった研究を完成させる──そしてその先にたどり着く事で、僕は彼を越えられる」

「アルバート……ひとりで大丈夫ですか?」


 アイリスはアルバートに背中をむけて問いかける。もじもじとして落ち着きがない。

 少女の気持ちに勘付いているアルバートは、薄く微笑み「僕はとっくにひとりじゃないですよ」と言った。


 言ってからキザな事言ったなぁ、と恥ずかしくなって来たアルバート。


 誰かにこの空気を破壊してほしい。


「ふふ、さてはティナの事ですね!」


 書庫からモップを持って降りてくるティナが元気よくチャチャをいれた。


 日に日に優秀になっていくスーパーメイドにアルバートは心から感謝しながら、されど「掃除隊、仕事だぞ」と厳しめの声で告げるのであった。

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