モンスター合戦
「ぷるるん! ぷるるん!」
「くっ!」
ジャンボスライムの背後の平原、迫りくるスライムの群れの威圧感が半端じゃない。
「確証がないのは怖いが……新しいチカラ試してみようか」
アルバートは先ほどエドガーの記憶に触れたことで判明した怪書の隠された魔術をつかう。
怪書に手に持って該当ページを開いた状態ならいつでも使える魔術だ。
「──記録焼化」
初めてなので声にだす。
すると、開かれたブラッドファングの項目に記された文字が、焼け焦げるようなエフェクトとともに消えはじめた。
「グルゥウッ、ガルルゥウウウ!」
同時にブラッドファングの身体が赤いオーラをまとい、筋肉から蒸気があがりはじめる。
「記憶が失われていく…」
アルバートは自分の使った魔術について、一定の知識を教養として持っていた。
それは、本来なら記憶領域に蓄積した″思い出″を砕いて、チカラに変換する還元魔術についてのものだ。
とある魔術家が専門とする機密性の高い魔術であるが、彼のソレは傍系にあたる。
この異質の術は、かの天才エドガー・アダンの考案によるものだろう。
──使役術と還元術
彼の多彩すぎた才能が、まったく異なる魔術分野を繋ぎ合わせたんだろう。
「格の違いを教えてやれっ!」
「ガルルゥウウウッ!」
概念的魔術の影響でぼうーっとする頭を左右にふって、彼はジャンボスライムへ立ち向かっていく。
「噛み砕け!」
「ガルゥウ!」
強化されたブラッドファングは走りぬけるだけで、周囲のスライムをふっとばしてジャンボスライムを傷つける。
アルバートは巧みにブラッドファングを操縦してさらに高まった機動力で翻弄していく。
しかし、敵の数はあまりにも多かった。
「ぷるるん、ぷるるん、ぷるるんぷるるん!」
「ぷるぶるぷるるん!」
「ぷるるんるん!」
「ぷるぷるぷるっ!」
「ぷるるんっ!」
「なんて質量だ……くそっ、一旦ひくんだ!」
「ガルゥウ!」
圧倒的な数の暴力。
無双してレベルは現在進行形で上がっているが、それを差し引いても数が尋常じゃない。
アルバートのの脳裏にわずかに敗北の二文字がチラついた。
「──いいや、諦めない。勝負は勝つまでつづけるものだろう」
アルバートが怪書を握りしめる。
と、その時、
「グォォォオオ!」
「ッ、来たか!」
平原のむこう、森の方から何かがやってくる。
ジャンボスライムやスライム達も、それに気がつき注意をむけた。
大地を轟かせる足音の数多。
それは、風の一団だった。
正確に言えば風のごとき集団か。
先頭に映えるのは赤い鱗をたずさえ、いまや獰猛なオーラさえまとう強者ブラッドファング。それも5匹もいる。
その後に続くのは、ファング種総勢200匹。
数々の実験で生産されつづけ、実験後はみんなもれなくトレントたちと屋敷防衛につとめていたモンスター隊だ。
すなわち、アダン家の主戦力の登場である。
彼らはジャンボスライムをひと目見たアルバートが「強そう…」と、貴族だてらにヒヨッたために駆けつけたのだった。
「さて、こちらも数はそろった。──お前たちいっきに沈めるぞ。この土地のスライムを滅ぼしやれ!」
「「「ガルルゥウウウッ!」」」
「「「ガウ、がゥウウウ!」」」
すべてを掌握する指導者の号令が、獣たちを彼の意思を反映するための虐殺器官へ変貌させた。
──8時間後
あたりはすっかり暗くなっていた。
どこまでも緑の広がる平原は、歩けば靴裏に湿り気を感じるほどにべちょべちょだ。
足の踏み場もないほどにスライムまみれだ。
これでこいつらも浮かばれるだろう。
「……」
「はあ…疲れた」
「アルバート……いったい、なんだったのですか?」
「あのモンスターたちはアダンの刻印に反応したんです。感覚からして僕をおじいちゃんと勘違いしているようでした」
「……エドガー・アダンと? 使役学の父とスライムに何か因縁があったのでしょうか…」
「さて、どうでしょうね」
実際のところわかっている。
残留思念がヒントをくれた。
聞くところによると、この土地がスライム平原と呼ばれるようになったのは、数十年前からだそうだ。
そして、同時期にエドガー・アダンはこの土地にみなぎる潤沢な魔力をもちいて、魔術を構築し、ここを巨大な実験場とした。
無限に増えつづけるスライムは、生命創造魔術完成の、最初期の発展をささえた。
そして、研究の形跡は怪書モンスターがすべて共通の細胞スライムから構築される事実にもしっかり現れている。
「エドガーにとっては有益な研究対象。しかし、スライム達にとっては……」
彼らスライム達は、エドガー・アダンの式により、強制的に地脈に流れる魔力で無限増殖させられ、人間たちに動く的として殺されつづけた。
彼らにしてみれば悪夢そのものだ。
さっきのジャンボスライムは、そんなスライム平原で散っていった一族すべての思いを乗せた彼らの最後の切り札なのだろう。
スライムたちはあの奥の手をつかって、諸悪の根源であるエドガー・アダンを打ち倒す日をこの50年待っていたんだ。
ただ、結局のところデカイだけだった。
平原の用意した切り札は、皮肉なことに所詮はスライムであることを証明しただけだ。
それでも、このままにしておけない。
アルバートは憐れなスライム達を解放してやることにした。
「レベル31……っ、たった1日で?」
「ジャンボスライムのおかげです。およそ数万匹分のスライムを倒すことができましたよ」
「これほどのレベルアップ手段はありません。それなのに、スライム平原の魔術を解いてしまうのですね、アルバート」
「先進的魔術研究を否定するつもりはないです。それが身勝手であっても。魔術の発展に犠牲はつきものですから、ただ──」
「ただ?」
いっぱく置いて、アルバートは言葉を選ぶ。
「……弱きを利用するのが魔術師であるならば、彼らを救うのもまた魔術師であるべきだと、僕はそう思うんです」
「アルバートは優しい人ですね」
アイリスは薄く微笑みをうかべる。
「身勝手ですね、僕たちは」
「……魔術師ですから」
星空を見上げる2人は、静かにため息をついた。
「アイリス様、先に帰って報告しておいてください。すぐにあとを追いかけます」
「わかりました。向こうで待ってますね」
アルバートはそう言い、スライム平原の中央へとむかっていき、創造と崩壊をくりかえす古き魔術式を停止させた。
「アーサー」
「はい、ここに」
「馬車をまわせ。スライムたちを可能な限り回収して屋敷に持ち帰るんだ」
「かしこまりました」
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