スライム族の切り札
仮称:ジャンボスライムが平原を飲み込みながらむかってくる。
「走りますよ、話はあとで聞きます」
「だから、本当になにもしてません! なぜ疑うのですか、アルバート!」
言い合いしながら、2人は一目散に逃げおおせた。
アイリスは馬に。
アルバートはブラッドファングに。
人を越えた健脚ならば、ジャンボスライムとの距離をすぐに開くことはできた。
「で、なにしたんですか」
アルバートはひと息ついて、遠くでまだ諦めずに追ってくるスライムを見つめる。
「本当になにもしてないのです、いいかげん信じなさい、アルバート」
アイリスはじーっと見つめて、むすっと不満げなかおになってしまった。
卑怯である。なんて可愛いんだろう。
「……わかりましたよ、信じます」
「うんうん、わたしは悪くないのです」
「とはいえ、スライムは通常はあれ程おかしな挙動はとらないんですけどね」
今度はジトっとした目をアイリスへ向ける。
「な、なな、なんですか、その目は! やっぱり信じてないじゃないですか! そもそもですね、人を疑う前にまずは自分のことを──」
俺?
はは、そんな訳ないだろう。
俺は何もしてないじゃないか。
「あああー! アルバート! さては、アルバートですね!」
「何を根拠にそんなこと……。ふっ、アイリス様ともあろうお方が苦しい言い訳をするのですね」
「腕!」
「はい?」
「刻印がギラッギラに輝いているじゃないですか!」
アイリスに言われて、彼はおそるおそる自分の刻印【観察記録Ⅱ】を見下ろす。
「なんだこれ!?」
ギラッギラに輝いていた。
発現当初の時の、稲妻を受けた直後のようなすさまじい波動を感じる。
アルバートはその光を自覚した瞬間、アダンの遺産のなかに息づく、封印された意志に気がついた。
「うぁああああ、頭が、頭が割れる……っ、ぐぬぬっ、うぐ……。っ! なんだこれ、す、スライムが……すべての、始まり……?」
「? アルバート、どうしたのですか?」
頭のなかに莫大な情報が刻まれていく。
しかし、アルバートはまだそれらを完全に理解できない。
ただ、わかるのは刻印の意志。
すなわちエドガー・アダンの残留思念だ。
「あまねくすべての生物は次の進化を待っているのだ……」
進化、そう、進化だ。
【観察記録】は偉大なる生物進化、その連綿とつづく『歴史の観測者』のためにある。
アルバートは脳を焼き切ろうとする情報の奔流と、ブチブチと筋肉の千切れる音を鳴らしてスパークを発する右腕に耐えつづける。
そして、押し殺した地獄の痛みの先に、彼は、取り残された意志を読み解いた。
エドガー・アダンの残したそれは、フラッシュバックによる記憶復元法だ。
「おじいちゃんめ……記憶学にも精通してたのか……?」
こんな手の込んだメッセージを刻印に忍ばせるなんて。
あんた魔術の才能、豊かすぎだろう。
彼はかつての天才を恨む。
「アルバート、大丈夫ですか?」
「ええ、平気ですとも、アイリス様。するべきことはわかりました」
アルバートは息を整えて怪書を召喚する。
「とりあえず、ジャンボスライムを何とかします」
「ぅぅ、やっぱり。……でも、アルバートといっしょなら怖くありませんね。ネバネバにされた恨みをともに晴らしましょう」
アルバートは半眼をアイリスへ向ける。
「いいえ、僕ひとりでやります」
「え?」
アイリスはまさかの返答に目を丸くした。
「僕がやらなければならないんです。──アダンとして。この地のスライム達を解放してやらねば」
アルバートは刻印をぎゅっと握りしめた。
「いくぞ、ブラッドファング」
主人の声にこたえて、従順な獣は彼を乗せたままジャンボスライムへと駆け出した。
ジャンボスライムはぶくぶくと沸騰したように泡立ち、すぐのちに凄まじい勢いでボディの一部を撃ちだしてきた。
剛速で撃ちだされたスライム弾。
「避けろ!」
ブラッドファングの反射速度でかろうじて避けきる。
「スライムも束ねれば脅威となる、か。面白い。お前達がもつこの刻印への恨み、すべて打ち倒した末に滅ぼしてくれる」
ブラッドファングに騎乗するアルバートは、相棒の機動力にもの言わせて、あっとう間にジャンボスライムの足元までやってきた。
そして、怪書のチカラで自分の体のようにブラッドファングをコントロールする。
鋭い爪とザラザラした鱗で、ジャンボスライムを縦横無尽に引き裂いてかけまわる。
しかし、ジャンボスライムは気にせず。無数のスライム弾を撃ってきた。
どんなに機動力があろうも、すべてを避け続けるのは困難だ。
「どうするか……ん? レベルがあがった?」
ふと、アルバートは魔力の上昇を感じてアナザーウィンドウを開いた。
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アルバート・アダン
スキル:【観察記録Ⅱ】
レベル5
体力123/123
魔力220/256
スタミナ118/118
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「っ、一気に3レベも上がっただと? ジャンボスライムを倒したわけじゃないのに……。っ、いや、待てよ、まさか!」
アルバートはスライム弾を避けながら、ジャンボスライムにどんどん融合していく数多のスライムたちに着目する。
平原のはるか向こうからもどんどん集まってきており、その数はどう見積もっても″万″は下らない。
スライムという弱小モンスターでは10匹倒したところで、もらえる経験値はたかが知れている。
しかし、それも50、100、あるいは1,000と束ねれば?
「ジャンボスライムは、あくまでスライムの超集合体というわけか」
ボディすべては個別のスライムだから……ダメージを与えるほどにスライムを倒したことになる、とな。
アルバートは「こいつは良い」と思うと同時に、彼らの気持ちを真に理解する。
数万匹のスライム達が、驚異的な団結力で全力全開、彼らのすべてを使って殺しに来ているのが、アルバート自身であることも。
この『スライム平原』という土地が、全霊をとしてスライムを生産しまくり、アルバートを葬り去らんとしていることも理解した。
「ぷるるん! ぷるるん!」
「そんなに憎かったんだな……だが、申し訳ないことにここで死んでやる事はできない」
アルバートはスライム弾を首をふって避ける。
彼の背後で木がバキバキ音を立てて折れる音がした。
「代わりにこの俺……そう、使役学の開祖たるエドガー・アダンがお前達の相手をしてやろう」
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