スライム平原


 ──翌朝


 アダン屋敷の瓦礫撤去作業がおわってすっきりした敷地内を、アルバートは歩いていた。


 エドガー・アダンの代の名残のせいで、屋敷だけはいっぱしに大きかったので、その瓦礫を片付けるのも、大変な苦労であった。

 

 別に今すぐかたづけなくても良かったが、それはそれで面倒ごとを呼ぶ。

 きっと「アダンには瓦礫を片付ける余力すら残ってない」とくだらない認識をされるだろうから。


「森もすこしは復活して来たか」


 彼はアダンの敷地を囲むように広がるスカスカの森をみてうなづく。

 毎日、出来るだけトレント植林してるが、なかなかスカスカ感がなくなってくれないのは悩ましいことこの上ない。


「坊っちゃん、遅ればせながら原稿をお持ちしました」

「助かる」


 アーサーから原稿をうけとる。


 これはアダンの最盛期エドガー・アダンが当主だった頃に、彼がいたからこそ創設された闘技場やモンスター専門店へむけた手紙だ。


 主にジャヴォーダン以外の街へ向けたものだ。


 何種類か用意されており、そのどれを読んでも非の打ち所がない書面だった。


「パーフェクトだ、アーサー」

「感謝の極み」


 アーサーはうやうやしく一礼する。


「この原稿を印刷ギルドへもちこみ、各所へ順々にとどくよう依頼をだしておけ」


 他の闘技場はコロ・セオのように『破れぬ誓約』をむすんでいたわけではない。


 それゆえに、強行手段でモンスターを売りつけるのは、有効ではない可能性がおおいにある。


 嫌われるようなことは控えて、堅実に交渉に挑もうではないか。


「アルバート様、よろしいでしょうか」

「どうした」


 アルバートはさっていくアーサーの背から、おっとりした顔のメイド長へ向き直る。


「襲撃者調査班から報告があがりました」

「ほんとうか?」

「はい。アルバート様のブラッドファングの残した遺体の遺留品のなかに手がかりがございました」

「手がかり?」

「ジャヴォーダンの闇のブローカーが、仲介できる暗殺ギルドをもっているとのことです」


 ほう、アダン家をおそった者の足取りもつかめはじめてきたか。


 アルバートは眉根をひそめる、


「まずはそのブローカーの口を割らせることに注力してくれ。レッドファングを数匹貸しておこう」

「お心遣い感謝いたします」


 アルバートは鷹揚に手をふってメイド長を仕事にもどす。


 ちなみにレッドファングとは、怪書に新しく登録されたモンスターで、ファングより優れた赤毛が特徴のファング種だ。


「さて、それじゃ行くか」


 彼は怪書を召喚して手に持つ。

 そして、頭のなかに無数につながるモンスターたちとのチャンネルへ全体命令をだす。


 命令はただひとつ。


 命を賭してアダン家を守護せよ。


 トレント、コケコッコ、ファング、ブラッドファング、そのほか実験で召喚した雑多な怪書モンスター、そしてワルポーロが残した調教済みモンスターたち。

 

 すべてがこの土地を守る指示を受領する。


 一度、命令をだしておけば、その後、通信量をつかわずに活動してくれることは検証済みだ。


「不測の事態がおきても、見事対処できればいいが」


 家を燃やされたばかりだ。

 安心はできない。


 とはいえ、いつまでもビクビクして敷地内にひきこもっていても仕方がない。


 アルバートはそう思いたち、門の近くでおすわりして待つブラッドファングのお腹をさすさす撫でる。


「アルバート、待たせましたね」

「いえ、僕も今来たところです」


 アルバートは振り返り、麗しき令嬢の輝きに目を細める。

 美しい金髪をそよ風になびかせ、凛とした蒼い瞳の乙女だ。

 ドレスに金属具をあしらった軽装に身をつつんでおり、腰には短剣をさげている。


 2人は「じゃ、行きますか」と軽い調子で声をかさねた。

 アルバートは、馬用の鞍を乗せたブラッドファングに飛び乗る。

 アイリスは白い毛並みの美しい愛馬に乗ってとなりに並んだ。


 ──しばらく後

 

 アルバートはアイリスととなり立って、クエストボードを見渡す。


 冒険者ギルドには5つの等級がある。

 下から、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドの順番だ。

 さらにその上には、伝説的な冒険者としての能力を有するマスター等級もある。

 最高等級たるマスターは、極めて異例な冒険者にのみ与えられるモノらしい。


「細胞スライムでよりたくさん実験をし、さらなるモンスター販売を通したビジネスを成功させるには、魔力量がなによりも必要です」

「モンスターとの戦闘で得られる経験値が大量に欲しいところですね」

「まさしく。でも、ブロンズ等級のクエストって……」


 アルバートはそこで言い淀んだ。


 迷子探し、ペット探し、家前の掃除、下水調査、借金取り立て、半日荷物持ち、等々。

 受けられるクエストはどれも討伐クエストではなかった。


 つまるところ、ブロンズ等級の冒険者はモンスターと戦う機会が少ないのだ。


「駆け出しは何でもやらないといけないわけか」


 もっとも、アルバートはそんな雑務に従事する気など微塵もなかった。


 とはいえ、だ。


 ギルドにピンハネされてしまうラビッテの涙ほどの小銭だとしても、手にはいる金を受け取れないのは、困窮したアダンには惜しい。


「ブロンズ等級で受けられる討伐クエストは、と。……ん、スライム駆除?」


 常在依頼:スライム駆除クエスト。


 それは、ジャヴォーダン冒険者ギルドで、毎日張り出されている依頼であり、この土地に根付く『スライム平原』ゆえのものだ。


 アルバートは自分に良さそうな依頼書を、クエストボードからひき剥がした。


 ──しばらく後


 2人はジャヴォーダン近郊の名所、毎日1,000匹のスライムが湧いて出ると語られる、スライム平原にやってきていた。


「すごいですね、スライムが大量にいますよ!」

「最弱モンスターはなにかと聞かれたら、僕は間違いなくスライムと答えます」

「え?」

「スライムは基本的には何にも使えないんです。モンスターのエサとして十分な栄養価が得られませんから、ご飯としても使えないですし、もちろん使役してもキャパシティを圧迫するだけでまったく戦いには役立ちませんし」


 スライムに何か恨みでもあるのか。

 そう思われるくらいに、アルバートの口から物言わぬ粘性生物への悪口が溢れ出していく。


 謎のスライム種が現在アルバートの最大の研究対象であることは皮肉なことだった。


 アイリスは「と、とりあえず、倒しましょうか!」と、腰の短剣をぬいた。

 短剣には複雑怪奇な溝がほられている。アイリスの【錬血式】が輝き、伝統の魔術が発動した。


 短剣の溝を埋めるように流れ出した彼女の血は、外界にて凝固して、真っ赤な刀剣のカタチをなしていく。


「赫の武器。サウザンドラの誇りですね」

「ふっふふ。鬼の刃とくとご覧なさい♪」


 水を得た魚がごとく、アイリスが生き生きとしてスライムたちをバカスカ切り刻みはじめた。


 討伐目標は50体。

 まどろっこしいがやるしかない。


 そうすれば、クエスト完了とみなされ、報酬である銅貨3枚が手に入る。

 依頼達成件数も増えて、等級もあがる。

 そして、より強いモンスターの情報も手に入り、あたらしく使役&登録して、怪書を進化させれて、本目的であるレベルアップもして魔力量が増えるはず。


 これは未来への投資なのだ。


「ブラッドファング」


 かたわらの相棒に呼びかける。


「スライムどもにモンスターとしての格の違いを──おや?」


 『見せつけてやれッ!』と高らかに命令したかったが、彼は思いとどまった。


 アイリスが引き返して来たからだ。

 意気揚々と飛び出していったのに、今や瞳をうるませて、凛とした表情は情けなくなってしまっている。

 そんな顔もまたかわいいのだが…。


「あ、ぁ、アルバート……っ! なな、『なんか』出たのですが!」

「『なんか』?」


 アイリスの背後へ視線をむけた。

 すると、天をつく巨大なスライムがアイリスを追いかけているのが見えた。


「うわぁああ~!」

「ちょ、ま、アイリス様──」


 彼女の身体は粘性の液体でベチャベチャであるが、かまわずアルバートへ抱きついた。


 嬉しさと拒絶感を同時に味わいながら、アルバートは、彼女の背後でうごめく巨大な影をみあげる。


 複数のスライムたちが次々に融合して、今なお、さらにサイズアップし続けている。


「アイリス様、なにしたんですか……!」

「な、なにもして無いです! 本当なのです、何ですかその目は! ほ、本当に、なにもしてないんですってば!」


 絶対、なにかしたぞ、この人。


 アルバートはそう確信しながら、粘液ですべるアイリスを落とさないよう抱きしめて、急ぎ逃げるように走りだした。

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