混合禁止


 なかなか泣き止まないティナをメイド長にあずけ、アルバートは書庫から地下魔術工房を見下ろした。


 魔術工房の床のうえには、まっくろい液体溜まりがあり、その真ん中に先ほど強化魔術で蹴り殺した『ソレ』はいた。

 

「アルバート様、お怪我はございませんか」

「平気だ、アーサー。それより、アイリス様とサアナ様のことを頼む」

「かしこまりました」


 主人の言葉の意味をすぐに汲み取ったアーサー。

 彼はくるりときびすを返すと、書庫の入り口で止められて不満そうにしているアイリスと、目をつりあげて怒ってるサアナをなだめにいった。


 アイリスはアルバートが危険に接触した場に駆け付けられないことに、サアナはサウザンドラ家の令嬢がアダン家の使用人に止められてる事に、納得いっていないらしい。


「さてと、これでコイツが何なのか調べようか」


 アルバートは魔術工房へぴょんっと飛び降りると、散らかった部屋の棚からピンセットとガラス瓶をとりだす。


 サンプルを回収して、さっそく魔導具を試薬をつかった分析にかけてみることにした。


 ──夜


 アルバートはろうそくの明かりだけが頼りの魔術工房で、例の生物について調査を進めていた。


「ティナの証言と現場の状況から考えるに、コケコッコなのは間違いない。ただ、細胞の劣化が激しいのと、今まで観察されなかった個体である事実は無視できない」


 コケコッコハウスの彼らが、召喚後も醜い変貌をとげていないことを考えるに、今回のアレには誕生のプロセスにおいて、ノーマルとは致命的な違いがあったはずだ。


 ティナはコケコッコの『元』がまざりあって、例の生物が生まれたと言っていた。


 アルバートはアナザーウィンドウを開いて、魔力が十分に残っている事を確認する。


「魔術の探究と洒落込もうか」


 エドガーの怪書を召喚して、ひらけた床にコケコッコ2体を召喚する。


 コケコッコは魔力消費がバカにならない高級モンスターなので、できればこのような使い方はしたくなかった。


 が、真実のためには仕方ない。


 ──しばらく後


 コケコッコ2体の『元』が床の隙間からあふれだすように出てきた。


 アルバートは箒をつかって、片方の黒赤液をもう片方と合流させてしまう。


「ゴゲェエエ!」

「でたな。となると『元』の掛け合わせをするとバケモノが生まれるという一連のプロセスは偶然じゃなかったのか」


 アルバートは勢いよく飛びかかってくるソレを避けて、怪書をかたてにさらなる実験をこころみる。や


「お前もいわゆるモンスターなのだろう? ならば俺の観察記録できるのか? 使役することは可能なのか? ──すべて教えてもらうぞ」


 アルバートは凶悪な笑みをうかべる。

 真夜中のアクティブ実験がはじまった。


 ──翌朝


 ティナは気合いを入れ直して書庫の扉をあけた。


 昨日は取り乱してしまってあれっきりテントで寝込んでしまっていた。


 だが、アダン家が危機に瀕しているさなか、重役をつとめるティナがいつまでも休んでいるわけにはいかなかった。


「アルバート様、ティナです、ただいま戻りました──ぐえぇ?!」


 意気込んで魔術工房を見下ろすと、喉奥から変な声がでてしまった。


「ティナか。体調はもういいのか?」

「ぇ、えぇ…一応は…」

「そうか。なら、さっそくで悪いが部屋を掃除してくれ」


 アルバートは黒い液体でベチャベチャに汚れた魔術工房を見渡していった。


「あの……何したんですか?」

「実験だ。魔術師だからな。深淵に至るためには何代にも継承して研究と学問を繋げなければならないのだよ、ティナ君」

「いえ、そういう話をしてるんじゃなくてですね……もしかして、アレを召喚したんですか?」

「安心しろ、もう生命活動は停止してる」

「そういう問題じゃないですってば!」


 アルバートは「そうか?」といいながら、黒い液体で汚れきったタオルで、顔をぬぐっていた。


「とりあえずは体を洗いたいところだ」

「うっ……はやく入ってきてください…」


 ティナはしかめっ面で鼻をおさえて言った。


 ──しばらく後


 使用人達によって魔術工房がモップがけされるなか、アルバートはホカホカした蒸気をはっしながら手記に視線を落としていた。


「あのバケモノについていくつかわかった事がある」


 アルバートの発表を聞くのは、助手であるティナの役目だ。


「まずひとつ目、あれは怪書に観察記録することはできない」

「なんと。アルバート様のすごい刻印でも対応できないモンスターがいるんですか」

「アダンに不可能はないが、なにも万能というわけじゃない。思うにあれはモンスターではない……いや、もっと言えば生きてると呼んでもよいか怪しい段階の出来損ないの生命だ」


 アルバートは昨晩の格闘のことを思いだす。


 頑張って触ろうとしてみたが、接触をこころみるだけで指先に痛みがはしって、拒絶反応がでていた。


「あの黒液本体に触れると、全生命にとってよくない影響をあたえる気がする」


 アルバートは「ゆえに怪書への登録は不可能だった」と締めくくった。


「使役も不可能だ。単に俺の従来スタイルの使役がよわいだけかもしれないが、現状はとりあえず不可だ」

「そうでしたか。でも、よかったです。あんな怖いモンスターを仲間にされたらどうしようと思っちゃいますから」

「ああ、それともうひとつ。もし俺が使役術でやつをテイムできたとしても、おそらく仲間にはなれない」

「どうしてですか?」

「死ぬからだ」


 アルバートは壁際のキャビネットのなかを開けてみせる。


 ティナは顔をしかめて息をとめた。


 キャビネットのなかには、ぐちゃぐちゃになった何らかの生物の遺体がしまわれていた。


「捕獲を試みたんだが、今朝、お亡くなりになられたわけだ。おそらく、不完全な生命の末路なんだろう。使役モンスターとしての使用には到底耐えられないだろうな」


 アルバートはそういって「こいつも片付けておいてくれ」と、ティナの背筋が凍るような指示を出して階段をのぼった。


「昨晩の実験結果は、混ぜるなキケン、か。アレには用途を感じるが……。なにか接合剤のようなものがあればあるいは……」


 アルバートは頬杖をついて深く思案しながら、アイリスたちとの朝食の席へとむかった。






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