未知との遭遇


 ──翌朝


 モンスターハウスの隣に出来たコケコッコハウスの設備をととのえて、アルバートは魔術工房へもどってきた。


 まだまだ数がはいりそうなので、新しく2匹ほど追加するためだ。


 怪書による召喚では、モンスターのオス個体とメス個体を自由に選んでの召喚はできない。


 ある程度はランダムのようだ。

 ただ、ファングを連続で33匹召喚した時の記憶から、性別に関しておおきな数の差は生まれないように思う。


「さてと、ふーん、それでもちょっとオスが多いなぁ……将来的には鶏肉販売も考えるか……」


 自然繁殖がはじまったら、偏りが生まれてくるだろう。


 オスは優秀な個体だけを数匹残して、のこりは人類の豊かな食生活のためにその命を使わせていただこう。


「さて、記録はこんなもんかな。お前たちはオスなのか、メスなのか、どっちなのかな」


 アルバートは鋼檻のなかでうごめく、コケコッコの赤黒い液体溜まりに話しかける。


「アルバート様、お食事の用意ができました」


 ティナが書庫経由で魔術工房へおりてきてそう言った。


 アイリスとサアナとアルバートの3人による朝食だ。


 これから毎朝は3人で食事をとることになっているので、アイリスと良好な関係を維持するためにこれに遅れるわけにはいかない。


「わかった。今すぐに行く」


 アルバートはたちあがり、ティナの手を借りて汚れた服を着替える。


「ああ、コケコッコが産まれたらハウスに連れて行っておけ」

「はい、かしこまりました」


 書庫へとあがっていくアルバートを見送って、ティナは魔術工房のかたづけをしはじめる。


 朝食の席には、アーサーやメイド長ひきいる先輩たちが給仕係をつとめるのでティナの仕事はないのだ。


「相変わらずアルバート様は散らかしっぱなしです。どこか整理されているのやら」


 煩雑に机のうえにひろがる資料には「触るな」と言われているため、ティナはムズムズしながらも床をかたづけることしかできない。


 放置されてる大理石の残骸をわきへと避ける、いつもの作業をすすめることにした。


「あ、そういえば、コケコッコが生まれるって言ってたような……」


 ティナはいつもの鋼檻のもとへむかい、出来ているか確かめにいく。


 まだカタチが出来ていなかった。


「うへぇ…何度見ても、ネチャネチャしてるよね……」


 黒赤の液体が流動して、すこしづつコケコッコの形となっていく。


「……ん。あれ?」


 もう少しで完成しそうなので見守っていると、いつもと違う事に気がついていた。


 普段はコケコッコを分けた檻に召喚するのに、今回は気が抜けていたのかひとつの檻に召喚しているようだったのだ。


 ティナはボーッと眺める。


 すると、黒赤い液体の片方がほぼコケコッコのカタチになった。


 途端、その不定形のコケコッコはもうひとつの赤黒い液体溜まりに足をくじいて飛び込んでしまった。


「……はぃ?」


 ティナの最初の一言はそれだった。


 まさか、不定形のコケコッコがコケるとは思っていなかったことはさる事ながら、赤黒い液体がまざってしまうとは思ってもいなかったのだ。


 え、この場合どうなるの?


 ティナは何が起こるのかわからないまま、グツグツとうごめく液体が、お互いに分離しようもあがいてるのだけはわかった。


「助けたほうがいいかな? でも、触ったらどうなるんだろ……」


 すこし考えてみて、触ることだけはためらわれたので、ティナはアルバートに報告をいれることにした。


 立ちあがり、緊急事態をつたえるべく書庫へとつづく階段に足をかける。


 その時、


「ゴゲェエエ!」

「ッ?!」


 魔術工房の奥からおぞましい鳴き声が聞こえてきた。


 それは、真っ黒な影であった。

 それは、真っ赤な憎悪であった。


 煮えたぎる炎のように熱い熱気がみちて、白い蒸気を全身からはなっている。


 ティナはさきほどコケコッコたちが生誕しようとしていた場所に、得体の知れない肉塊の怪物がいるのを目撃した。


「嘘でしょ……ッ」


 原因は間違いなくアレ。

 2匹のコケコッコの『元』が、今までにない溶けあいをしてしまったせいだ。


「ゴゲェエエ!」


 怒りの形相──たぶん、怒ってる──をうかべるソレは、檻の隙間に身体をねじこんだ。

 流動的な体から、皮膚のない肉が簡単にそぎ落ちてソレのサイズはちいさくなった。

 だが、まったくお構いなしにソレは、資料や積まれた本を蹴散らして、ティナへむかっていった。


「来ないでください……ッ!?」


 腰をぬかしながら、涙目で階段をはいあがりすこしでも逃げようとする。


「アルバートしゃまぁ…! アルバートしゃまぁ、助けてぇええー!」


 我ながら無様すぎる悲鳴だった。

 しかも、恐怖でのどが引きつってしまいうまく声がだせない。


「ゴゲェエエ、ゴッゴ……」


 ソレが階段をはいがってきた。


 木製の階段を黒と赤の粘液でベチャベチャに汚し、書庫の大理石の床を侵食しながら、それは一歩ずつ、ティナへとせまっていく。


「ヒィ、ぃ……ぁ、アルバート様……っ!」


 ティナは最後の力をふりしぼってはっきりした声で悲鳴をあげた。


 ソレは彼女の悲鳴をトリガーに飛びかかった。


 あたかも遺言を聞き届けたとばかりの思いきりの良い殺人衝動が襲いかかる。


 憎悪の塊にふれて、ティナは眼前の醜いモンスターが「なにを思ってる」のかわずかに感じとっていた。


「くる、しい……?」


 ティナは掠れた声でつぶやいた。

 それが自分の最後の言葉になるとは意識していなかった。


「なんだコイツ」


 耳元で声が聞こえた。

 途端、背後から飛び出したアルバートがソレに前蹴りをくらわした。


「ゴゲェエエ?!」


 ソレはふっとんでいき、魔術工房へと落ちていくとベチャっと音をたてて床に激突してしまった。


 ソレが

再び動くことは二度となかった。


「あ、アルバートさ、まぁ……」

「あれは一体……。ん、それよりも、まずはお前だな」


 アルバートはシルクのハンカチを取り出して、ティナのほっぺたについた黒い液体をぬぐいさる。


「大丈夫か?」


 ただ一言。

 尊敬する主人のその言葉に、ティナは「ああ、安心していいんだ」と恐怖の呪縛から解放された。


「怖かったでずぅ、ぅ! アルバート様ぁ、ぁ、ぅぅ!」

「よしよし、もう大丈夫だからな」


 彼は彼女の背をポンポンと優しくたたいて、泣き止むまで胸をかすのであった。








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