暗殺者
火炎の手に巻かれていた。
のどをヒリつかせる焼ける空気、目をつむりたくなるほどの赤に屋敷は包まれている。
「アルバート様?!」
「危険です、戻ってください!」
「お前たちはここで待ってろ」
メイドたちの静止をふりきって、彼は馬車をとびおりて駆けだした。
「ブラッドファング!父さんを救いだせ!」
「グルゥウ!」
庭園をかけながら、指示を出すとすぐ、ブラッドファングはモンスターハウスの檻を食い破ってでてきては、屋敷に壁に突撃した。
アルバートもまた、残されたわずかな魔力で身体強化魔術をつかい屋敷のなかへ。
焦燥感に駆られながら彼は頭を働かせる。
どこかの魔術家が本格的にぶっ潰しに来たか…。
アルバートは歯噛みしながら、すべてを失わないための行動をとることにした。
ワルポーロのことはブラッドファングに任せるしかない。
今やるべき事は魔術工房の防衛だ。
少年は廊下に転がる使用人やメイドたちの遺体をとびこえて、地下へとむかった。
血溜まりと火炎のなかを、彼は守れなかった者たちに謝りながら駈けぬける。
「ふざけやがって……ッ」
開いていた扉をぬけて、地下通路へおりてくる。
廊下の先、魔術工房の扉のまえで、数人の人影が、なにか作業をしているようだった。
通常、魔術の秘密が眠っている魔術工房は、勝手な出入りなどができないようにその家独自の魔術プロテクターが掛かっている。
プロテクターを破る手段として、爆薬をもちいるのは賊にとって常套手段だった。
あいつら、扉を破壊するつもりだ。
「魔導装式──ビースト・アルテッド」
俺はすぐさま倉庫に放置してた、昔につくられた四足歩行ゴーレムを起動させる。
ゴーレム:ビースト・アルテッドは、エドガー・アダンが趣味でつくっていた魔術体系の産物だ。使役術とはまるで関係ない。
オオカミを原型に作られており、機動力にすぐれ、祖父はこのゴーレムを使って配達に革命を起こそうとしていたらしい。
が、コスト面の問題から破綻となった。
「襲撃者ども、その先へはいかせない」
アルバートの堂々たる声に、襲撃者たちは、ビクッとしてふりかえった。
「アダン家が3代目、このアルバート・アダンがお前たちを灰燼に帰そうではないか」
「っ、アルバート・アダンだと?」
「…暗殺優先度の第二位のガキか」
黒づくめの彼らは、魔術工房への爆薬設置作業の手をとめた。
全部で5人。
アルバートは灼熱に喉を焼かれながら、ようやく倉庫から出てきたゴーレムを、オトモとして襲撃者たちに相対する。
「あれはモンスターか。アダンは使役術を失ったと聞いていたが」
「いいや、違う。古式ゴーレムだ。気にせず破壊していい」
なにかをぶつくさ言いあって、襲撃者たちは短剣を片手にアルバートへ走りだした。
走りながら投げられる銀の一閃。
「防御命令」
アルバートはコマンドをつぶやいて、ビースト・アルテッドを手前にだし、致命の短剣を受けとめさせた。
そのあいだに襲撃者たちは、アルバートのすぐ目の前までせまって、なにやら艶々ときらめく短剣を突き出して来ていた。
──毒か。
アルバートはそう確信して、思いっきりとびのいて、ひと刺しをしのいだ。
「攻撃命令、時間をかせげ」
背を向けて逃げるように地下室から上階へあがった。
襲撃者たちは魔術工房の破壊よりも、よほどアルバート暗殺のほうがたいせつなのか、迷わずに彼を追いかけた。
ビースト・アルテッドとの魔術的繋がりが、すぐに消えた。襲撃者たちをくいとめるのにゴーレムでは力不足だったようだ。
「ガキの逃げ道をふさげ」
地下通路からあがってきた襲撃者たちは、玄関へ逃げるアルバートの背をにらむ。
隊長らしき男の指示で、彼が逃げる先へ爆弾がとうじられた。
爆発して廊下に崩落したことで、屋敷の玄関への道はふさがれてしまった。
「悪いな、ぼうず。これも仕事なんだ」
隊長らしき男が部下を前にだしながら、近づいてくる。
アルバートは苦悶の表情をうかべ、口を開いた。
「ひとつ、ひとつだけ聞かせてくれ。お前たちはどこの指示で、アダンをこんなめちゃくちゃにしたんだ?」
「俺たちは実行犯に過ぎない。プロなのさ。これはただの仕事だ。冥土の土産にお前に教えられる情報はなにもない」
隊長は鼻でわらう。
アルバートはほくそ笑む。
わりと十分な情報くれるものだな。
短剣に毒がついている事、身のこなし、装備から考えてまず暗殺者で間違いない。
仕事とか、プロだとか……この発言はどこかの暗殺ギルドに所属してることを表す。
そして、作戦立案者と実行犯を違えている点から、あるていどの規模をもつ組織だと判断できる。
これだけ情報があれば、あとあとその正体に近づき、依頼人を絞り出せるだろう。
アルバートはそこまで思考しおえて、熱さで滝のように流れる汗をぬぐった。
「お前らもう死んでいい」
「…なんだと、このガキ……?」
「自分の立場わかってるのか」
「恐怖で頭がくるったか」
獄炎に囲まれるなか、より酷薄な瞳をしていたのは襲撃者ではなかった。
命をほうむる冷たい瞳は、追い詰められているはずの少年にこそあったのだ。
どうもくする襲撃者たちをよそに、アルバートは「こいつらを殺せ」、と一言つぶやいた。
その瞬間、襲撃者たちの頭上の天井をやぶって、巨大な赤い獣が落ちてきた。
肥大した硬い筋肉から蒸気をだしながら、ブラッドファングは、落ちてくると同時に3人の襲撃者をぐちゃっと踏みつぶした。
口にはすでに上の階で殺してきたのか襲撃者とおなじ灰服の人間をくわえている。
牙の隙間からしたたり落ちる鮮血。生々しい死臭。目の前であっけなく殺された仲間。
残った2人の襲撃者たちは、驚きと足元からはいあがってくる恐怖を隠せなかった。
「こ、ここ、これはゴーレムじゃない!? ななな、なぜだ、モンスターの使役をできるというのか……?!」
「情報と違うぞ、なんだこのバケモノは!」
狼狽する襲撃者たちはせまりくる、ブラッドファングへむけて爆弾や、投擲用のポーションを投げつける。
しかし、そのどれもがこの場における最大の強者であるブラッドファングにとって、羽虫のさざめきに等しい行為であった。
「口を割りそうな気配はあるが……もういい、すべて壊してやれ」
アルバートは憎しみに顔をゆがめて、彼らの生きる最後の望みをたちきった。
「うぁああああ、やめ、頼む、助けて…!」
「やめろ、足を掴むな、私はこんなところで死んでいい人間ではないのだ──!」
襲撃者たちは、お互いに足をひっぱりあい、その後、あっけなく巨大な牙に噛み砕かれていった。
緊張から解放された。
いつのまにか涙を流していたことに気づく。
「父さん……いいや、まだだ」
アルバートはすべての敵を排除したのち、涙をぬぐい、クラクラする頭と、熱でだるい身体を引きずって魔術工房へとむかった。
魔術工房を防衛するための巨大な魔術式に干渉して、結界の強度を最大まで引きあげた。
これでアダンの遺産は守られる。
「グルゥウ」
「ぁぁ、すこし背をかしてくれ」
結界が強固な守りを展開していく魔術工房のなか、アルバートはブラッドファングに背をあずけて意識をうしなっていった。
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