ふくらむ野望


 アルバートがとてつもない圧力をかけるものだから、もう一度新しい契約内容で『破れぬ誓約』をかわしたカールネッツはまいっていた。


 ほとんど懺悔する信徒のような従順さで納品されたファングたちの状態を確認していた。


 闘技場をあずかる者として、ここで戦わせるモンスターたちは、すべて自分の目で確認しようと決めているのだ。


 そんな真面目なカールネッツは、ファングたちの確認中に嬉しい誤算に見舞われていた。


 あまりにも状態が良いのだ。

 目の前の少年魔術師がいったように、このファングたちはとても健康状態がよく、病気もしてなければ、傷らしい傷も見当たらない。


 普通なら捕獲のさいに、なんらかの手段で弱らせるため傷はあって当たり前なのだが。


「すごいですね、坊っちゃん……ここまで洗練されたモンスターを連れてきてくれるなんて。いったいどうやったんですか?」


 カールネッツは純粋な興味ならたずねてみた。


「アダン家の魔術は次の段階に……いや、やっぱりやめようか」


 アルバートは咳払いをしてごまかした。


 彼は自慢できることはすぐに語りたくなってしまうタイプの無邪気な性格である。

 

「いいじゃないですか、教えてくださいよ、坊っちゃん」

「ダメだ」

「アダンとコロ・セオの仲じゃないですか」

「カールネッツ」


 威圧的な低い声をだす。


「調子に乗るな。裏切り者め。自らの立場をわきまえろ」

「……申し訳ございません」


 アルバートがギロっと睨みつけると、カールネッツはすぐに査定にもどった。


 ──1時間後


 アルバート率いるアダン家の者たちは、コロ・セオ闘技場から財産の一部を差し押さえて、物品を馬車に積んでいた。


「檻、鎖、エサ、武器? こんなものたくさん押収してどうするんですか?」


 ティナは鋼の剣を重たそうに持ちあげて、左右にフラフラ揺れながら馬車に積む。


「将来的なアダン家はたくさんのモンスターを敷地内にかかえる事になるからな。そのための設備を、金の代わりに割安で買ったんだ」

「これ全部買ったんですか……?! ファングってそんなに高く売れるんですね」

「冒険者が捕獲した個体で金貨1枚くらいで取引されてる。もともと生きたモンスターを調達するのはすごく難しく、それゆえに価値が高いんだ」


 今回の場合は、傷なし、病気なし、若く元気な個体、さらに完全調教済みという素晴らしいオプションをつけての納品だ。


 この時点で使役術に関して素人の冒険者たちが捕まえたファングとは、まるでクオリティが違う。


 俺のファングはコロ・セオの鑑定で1体金貨4枚の価値があると言われた。

 さらにその3倍額なので、ファング1体を仕入れるだけで金貨12枚の儲けがでる。

 

 これは凄まじいことだ。

 単純計算で消費魔力『5』の召喚を44回繰り返せるので、俺は1日に44体のファングを召喚できる。


 12×44=金貨528枚だ。


 これはワルポーロが月に出していた利益の上回る数字だ。


 思わず顔がニヤけそうになる。


 もちろん、こんなに上手くいく訳はない。

 あれだけ高くファングを売りつけたコロ・セオ闘技場が、また明日もファングを買えるとは到底思えない。

 というか今日の時点で物品を差し押さえというカタチでの支払いだったんだ。


 しばらくはモンスターを買うことなく、興行をおこして元を取っていくだろう。


 となると、新しい買い手が必要だ。


「アーサー」

「はい、ここに」

「おじいちゃんの時代で取引していた闘技場へ手紙を出しておけ。近々、アダンがモンスターを大量に売りに行くとな」

「かしこまりました。記録を調べたうえで後ほど原稿をお持ちいたします」

「頼んだ」


 アルバートはそう言い、金貨のはいったトランクをすぐとなりのティナに渡した。


 ティナは目を丸くしてしまって「はへ?」ととぼけた声をだす。


「ティナ、お前を会計係に任命する」

「えええ?! なにを血迷ったことおっしゃってるんですか?!」

「血迷ってなどいない。書類に目を通して決算を行えるのは識字能力のあるものだけだ。残念ながらアダン家で現在それができるのは、俺とアーサー、そしてお前だ」


 アルバートはこれを当然の帰結と考えている。


 アーサーはめっちゃ多忙だし、年齢的にも仕事を誰かに代わっておいた方がいい。

 もしかしたら、コロッと言ってしまうかもしれないしな。


 業務の引き継ぎという意味において、読み書きできるティナはまさに最適なのだ。


「そ、そんなぁ……」


 ティナは思う。


 最近、アルバート様の助手になったり、側付きさせてもらえていたり、となにかと重宝されていたが、まさかアダンの財布まで任されるだなんて。

 一介のメイドにはあまりにも胃が痛い案件だ。


「字が読めることは極めて価値のある能力だ。ティナがうちに来てくれて助かってるぞ」


 アルバートは爽やかに微笑み、彼女の肩をたたいて「任せるからな」と釘を──否、剣を刺していく。


「わ、わかりました……」

「よし。それじゃアーサー、足らない事があったらサポートしてやってくれ」

「かしこまりました。では、さっそくわたくしどもは金融ギルドにて支払いを済ませてまいります」


 アーサーはティナを連れて、ジャヴォーダンの人々が行き交う黄昏の街に消えていった。


「帰るぞ」


 アルバートの一言で使用人たちは素早く馬車に乗りこんだ。


 アルバートはご機嫌な様子で馬車に揺られ、ジャヴォーダン郊外にあるアダンの屋敷へともどる。


 その間、彼は同席するメイドたちから「なんでティナばっかり仕事を任せるんですか!」「小さい子をひいきするのは不公平では?」と部下たちの非難を受けることになった。


 うーむ。

 語学教育は金も時間も掛かるんだよな……。

 今のアダン家にはとてもじゃないが、そんな事してる時間はないしな。


「わかった、わかったから。とりあえず落ち着いたら教育の機会を設けるから。いつかは他国の言葉を使える人材がほしいと思ってたところだし、誰かが俺の代わりをしてくれるなら嬉しいかぎりだ」


 アルバートは未来の展望を語って聞かせて、将来に不安を抱えている少女たちを安心させた。


 アダン家にやってくるメイドは基本的に練度が低い。悪い言い方をすれば、教育がされておらず品質が悪い。


 良いところのメイドというのは、貴族家の三女、四女のような家にとって優先度の低い者たちであり、されど貴族としての教育を受けて来た者たちだ。


 ただ、今アルバートと同席してる彼女たちは基本的に寄せ集め平民である。

 彼女たちの多くはすでに両親がいなく、親戚も頼れず、どこにも身寄りがなかった。


 ワルポーロは才能こそなかったが、心根は優しかったので、そんな彼女たちに同情して生きる選択肢を与えて来た。

 

 まあ、とはいえ、アダン家には貴族令嬢をメイドとして雇うだけの、財政的な余裕がなかったのが主たる理由ではあるが。


「現状でのベストを尽くそう……ん?」


 ため息をつき、暗くなった空を眺める。


 アルバートは、なにやら屋敷のほうの空が明るいことに気がついていた。

 

「っ、飛ばせ! 後列は置いていっていい!」


 アルバートはとっさに叫んだ。


 もうもうと立ち昇る黒煙のふもと、

 煌々と燃えるアダン屋敷へいっこくもはやく行くために。

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