ミスター・アダン
目が覚めた時、あたりは静かだった。
アルバートはのどが張り付く不快感を感じながら立ちあがる。
枕となってくれていたブラッドファングも主人の目覚めとともに、むくりと起き上がる。
魔術工房のなかは相変わらず散らかっている。改築してから片付けてないので当然といえば当然だが。
壁や天井は蒼い魔力で覆われていた。
アルバートはそれが防衛魔術たと気がつき、出力を平時のレベルまでひきさげた。
魔力はタダじゃないのだ。
こういった設備用の魔力リソースは、使った分だけ金がかかるのである。
結界の出力をさげたことで、アルバートは外へ出られるようになった。
地下室のほうは瓦礫でふさがっているだろう。
というわけで、モンスターハウスへと繋がるほうの階段を登る。
重たい鉄の扉をおしあげる。
モンスターハウスのなかは変わっていなかった。
檻のなかにいるモンスターたちは、相変わらず完全に言うことを聞いてはくれないが、誰かが死んだりしてるわけでもない。
アルバートはわずかな安心感をへて、モンスターハウスをでた。
目の前に慣れ親しんだ屋敷があるはずだ。
そんな淡い希望をいだきながら、見上げたそこには、小さな建物だけが建っていた。
「書庫だけが無事だったか……」
空間的に繋がっていたので、結界の範囲内に数えられたのだと推測された。
書庫以外のすべては真っ黒に焼けており、ほとんどが残骸となって屋敷のあった場所に積みあがっていた。
予想していたとはいえ、かなりの精神的ダメージがアルバートの心をえぐった。
「ご無事でしたか、坊っちゃん」
「ああ……」
モンスターハウスのまわりに、馬車とテントを張って待機していた数少ない使用人たちが迎えてくれた。
皆、不安そうな顔でアルバートを見つめていた。
「……よし、1から説明しようか」
薄汚れた顔をぬぐい、近くの馬車に腰をおろす。
「坊っちゃん……その前にお伝えすることが」
アーサーの沈痛を噛み殺すような声に、なにを伝えようとしているのかすぐにわかった。
「アーサー、平気だ。父さんのところへ案内してくれ」
「……こちらでございます」
残された使用人たちとともに、アルバートとアーサーは、テントのひとつにはいった。
そこで彼は予期していた物を目にする。
昨晩の時点でわかってはいた。
ブラッドファングがワルポーロを助けにいった先で、なにを目撃したのか、全部知ったうえでの襲撃者たちの撃退を優先した。
残されたアダンとして、すべてを失わないために先先代から続く魔術の脈々を、ここで途絶えさせないために動いたんだ。
「本当にお疲れ様でした、父さん……」
アルバートは布に包まれた焼死体をまえに膝をおりまげて、深く頭をさげた。
「アダンは僕が守り抜きます。この血と魔術を途絶えさせはしません」
もう喋ることのない父親との日々が、脳裏をかけめぐって鮮やかに思い出される。
決して優れた人間ではなかった。
魔術師としては三流もいいところだ。
だが、父として彼は多くを教えてくれた。
繋ぐことの意味、慈しみと博愛の精神。
「……父さんを埋葬する。準備をしてくれ」
「かしこまりました」
ワルポーロの遺体は丁寧に馬車に運ばれ、そののち敷地内にあるエドガー・アダンの墓標のとなりに埋葬された。
焼けた匂いの残る早朝。
使用人一同とアルバートは、簡易的に建てられた墓石へ祈りをささげる。
「っ、モンスターたちが……」
墓前に参列していたティナは、モンスターハウスのモンスター達が墓石のまわりに集まっているのを目撃した。
彼らは首をさげて顔を墓石や、土のしたにいるワルポーロへと近づける。
皆がまるで悲しみを感じているように声をあげて鳴きはじめた。
「主人に最後の別れをつげているのですな」
静かにつぶやにののち、モンスターたちは今アルバートへ向き直った。
そして、なつっこい様子で彼に鼻頭をあてたり、服の裾をくちばしでつついたりしていた。
「ああ……なるほど。そういう事ですか」
アーサーは悟った。
『エドガー・アダンの再来』とされたアルバートは本当に天才らしいということを。
「アルバート様って召喚モンスター以外も操れたんですか?」
「いえ。ですが、今日より先はそうあるのでしょう」
「?」
アーサーは目を細めて、アルバートの手の甲から胸にかけて刻まれいる刻印が、青白くひかるのを見ていた。
練度があがったようだ。
魔術師は代を重ねるごとに練度があがっていき、刻印は次の段階へ進行するのである。
アルバートはこれを父の贈り物と考えながら、アナザーウィンドウを開いた。
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アルバート・アダン
スキル:【観察記録Ⅱ】
レベル2
体力105/105
魔力238/238
スタミナ105/105
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着目するべきはレベルと【観察記録Ⅱ】。
刻印がすこし大きくなったと思ったが、案の定、練度があがっていたようだ。
レベルはモンスター討伐のほかにも、あらゆる経験によって得られる経験値とよばれる人間の成長概念が蓄積されることであがる。
皮肉にも父親の死が、レベルアップのトリガーとなったらしい。
アルバートは自嘲げに大声でわらい──そして、スッと真顔にもどった。
「現時点をもって俺はミスター・アダンとなった。アダン家の家督はこのアルバート・アダンのもとにある。異論のある者はいるか」
誰が異をとなえられようか。
あまりにも頼りがいある立ち姿。
覚悟をした者だけがまとう覇気。
彼の双肩は今すべてを背負った。
「よろしい。では、さっそく今日からお前たちには俺のもとで働いてもらおうか」
「まずどういたしましょうか」
「そうだな。テントの位置を変えようか。書庫を中心として屋敷を再建するから、そのまわりを囲むようにだな──」
アダンには悲しむ時間などない。
まだ、心の平穏はおとずれない。
アルバートは涙をぐっとこらえて、残された者たちを導くため舵をとりはじめた。
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