回想

長門燈

回想

仕事終わりのバスに乗り、1番前の席の一つ後ろの席に座る。タイヤハウスに足を乗せて出発前からうとうとしていると、発車したバスが職場のある山の上から、唸るようにエンジンブレーキを効かせて坂道を下る。


バスを降り、マンションのエレベーターに乗り込んだ。マンションのエレベーターは故障が多く、使うのを避けていたが、この日はトラブル続きで思わぬ残業に遭い、あまりの疲れからエレベーターを使わずにはいられなかった。故障して止まってもいいや。6階分の階段の長さを思いうんざりした私は、半ば投げやりな気持ちで6階のボタンを押した。時間が時間なので、他にエレベーターに乗り込む人はいない。


エレベーターが止まり、箱と廊下の境目を跨いで廊下に乗り出す。立ち仕事で棒になった足をゆるゆると動かし、部屋の前に立って鍵を開けようと鍵を取り出しながらふと、エレベーターが止まるタイミングが早かったような気がした。何気なく部屋番号を見ると、そこに書いてあるのは406号室の文字。自分の部屋は606なのでここは4階ということになる。疲れて階数を押し間違えたのか…深く考えずにエレベーターに戻り、6階のボタンを押すと、上の階から音もなく降りてきて扉が開き、乗り込んで6階を押す。6階に着いてエレベーターを降りると、静かにドアが閉まり、最上階の8階まで昇って行った。疲れでぼやける目を擦ってぼんやりと目の前の階数表示をしばらく見上げている間、エレベーターは8階で静止している。特に気に留めず、私は4階と同じ景色の6階の廊下を歩き、自分の部屋へと向かった。


どくん、という心臓の鼓動に体が突き動かされるようにまどろみから現実に引き戻される。バスは坂道の終わりの信号で停止し、青になる時を待っている。坂道の上から下までというわずかな時間に、昨日の出来事を夢見ていたようだ。


自分の都合のいいように解釈しようとするが、心臓が脈動を一つ一つ、大きく主張して考えがまとまらない。その間にも容赦なく、悪い考えが私を不安から逃げられなくしていく。


下に行く人がいないのに、私が降りた後に上へと向かったエレベーター。そしてあの時、私が4階で降りるあの時、エレベーターのボタンは6階が点いていて、6階で降りる時には、8階のボタンが点いていなかったか?内側から押さないと点かない回数表示、あのボタンは誰が押した?


バスが急カーブを減速せずに曲がり、乗客を外に放り投げようと力をかける。いつの間にか乗客はまばらで、ミラー越しの運転手の顔は見えなかった。バスは坂道を降る時とは逆に、音もなく終点へと向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

回想 長門燈 @yamadakamo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る