第34話 薬茶の噂

Side:ヒースレイ国の密偵

「貴族の様子がおかしい。調べてまいれ」

「ははっ」


 俺は王族に仕える密偵。

 今回の任務は貴族を調べる事だ。


 まず最初俺は使用人を装い貴族のサロンに入り込んだ。


「薬茶あれは良い物ですな」

「ええ、体の中に清涼な風が吹き抜けるよう」

「そんな物が。どこで手に入るのでしょうか」

「ほほほ、秘密ですわ」


 薬茶の話題に食いついた田舎貴族があしらわれている。

 どうやら薬茶が問題の中心のようだ。


「父が負の魔力で健康を崩しているのです」

「なら、良い物があります。薬茶なんですが、とっても健康に良いそうで」

「効果があるのなら、助かります。困った時はお力になれますぞ」


 貴族が健康の事を相談して薬茶を勧められた。

 病気が本当に治るのなら、薬茶を握っている貴族は絶大な権力を持つだろう。

 それは誰だ。

 貴族の口は堅く、出所が突き止められない。


 裏で大規模な陰謀が進んでいる気がする。

 俺は健康を害しているという貴族の使用人に雇われた。


 薬茶を飲んでみたくて毒見薬に立候補する。

 訓練して毒は効かない体になっているからだ。


  ◆◆◆


 数日たったある日呼び出された。


「このお茶を飲んでみろ」


 一歩前進だ。

 陰謀の中心のお茶はどんな味だろう。

 お茶は緑色で至って普通のように見える。

 覚悟を決めてお茶を飲む。

 味は少し渋いがほのかな甘みがあるような気がする。

 嫌いな味じゃない。

 凄い。

 体内で吹き荒れる清浄な魔力。

 一瞬任務の事を忘れてしまった。

 とても幸せな気分だ。


「どうした。毒か」


 潜入先の雇い主の声に我に返る。

 ちっ、いい気分が台無しだ。


「毒は入っておりません」

「そうか。ではわしも」


 無言になり目を閉じる雇い主。

 隙だらけだ。

 これが暗殺任務だったら、余裕でやれる。


「この薬茶は凄いですね。毒見役をやって初めての経験です」

「そうだろう」

「流石ご主人様です。このような物を簡単に手に入れられるなんて。正に人徳のなせる業」


 よいしょしておく。

 気分が良くなったところで、入手先をぺらぺらと喋ってくれないだろうか。


「わしぐらいになると、このような贈り物も届く」


 さあ、なんと言って情報を引き出したものか。


「もしかして、秘境産のお茶ではありませんか」

「よく分かったな」


 秘境産? はてどこの秘境だろうか。


「たどり着くのに骨が折れそうですね」

「そうだな。幻ではな」


 幻? とんだ見込み違いだ。

 場所が分かっているのではないのか。


「それは大変ですね」

「噂では魔獣や不浄な者を何週間も退けて到達するらしい」


 なるほど、どこだろう。

 魔獣などが出没する地域は多数ある。

 ふと、頭に大荒野の事が浮かび上がった。

 ないな。

 あの荒廃ようでは、あり得ない。

 いばらを草食魔獣が食う所だぞ。

 お茶にするような植物があれば瞬く間に食べつくされるはずだ。


 大山脈の方がまだ可能性がある。


「それは山の方ではありませんか」

「悔しい事に分からん」


 ふむ、そんな命がけの事をなしたのは誰だろう。


「そんな偉業なした勇者はどなたです?」

「講和派の誰かだとは思うが、講和派は揃いも揃って腰抜けばかりだ。該当する奴はおらん」


 講和派か。

 次の潜入先はそこだな。


 講和派で武門の家は一つもなかったはずだ。

 あてずっぽうではどれだけ時間が掛かるか見当がつかない。

 どうしたものか。

 何かヒントが欲しいな。


「病気の方がおられて治療の為に薬茶を求めたのでは」

「ほう、毒見役にさせておくには惜しい見識だな」


 むっ、密偵だと感づかれたか。

 今晩のうちにここからはおさらばしよう。


「滅相もありません。ふと思いついた事を述べただけです。あてずっぽうで、推測などではございません」

「ふむ。必要があるから求めた。道理だ。わしはやる事が出来た。下がれ」

「ははっ」


 天井裏に潜んで雇い主を見張る。

 手紙をしたためているようだ。

 宛先は方々だな、内容は快気祝いのようだ。

 あの中に薬茶の出所が存在するに違いない。

 雇い主は手紙で薬茶の入手先をそれとなく訊ねている。

 ふん、用心深い貴族がそんな手紙一つで尻尾を出すものか。


 密偵仲間に借りを作るのは面倒だが、致し方ない。

 手分けして講和派で病人が治った家に潜入するとしようか。

 もう一度、あの薬茶を味わいたい。

 講和派ならチャンスがあるはずだ。

 退屈な任務にも張りが出るというものだ。


 これぐらいの役得はあっても良いだろう。

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