第23話 昔を思い出す

Side:アード族の男

 税金の額がまた上がりやがった。

 各国の置かれている状況は分かる。

 慢性的な野菜不足だ。


 清浄な魔力を含んだ野菜が少なすぎる。

 今は殆んどの国で野菜の輸出を禁じていた。


 俺達も野菜を作っているが、自分達の分を賄うだけで精一杯だ。

 貴族はこぞって商人から野菜を買い漁っている状況だ。

 その為に金がいるのだろう。

 貧乏人から死んで行く未来が見える。


 俺達はピピデの民アード族。

 ピピデの国が在ったのは三十年前だ。

 俺達は元々遊牧民だった。

 幾つも部族に分かれて争っていた。


 思うにこれが不味かったのだろう。

 戦乱は負の魔力を生み出し荒野が拡大。

 遊牧民なので草原を求めて移住。

 そこにいる部族と争った。

 今では国があった所は人が住めない荒野と化してしまっている。


 俺達は荒野から逃げ出しヒースレイ国に保護を求めた。

 この国で俺達は上手くやっていると思う。

 排斥されるような気配は微塵もない。

 農民を追い出すような馬鹿な貴族は早々に滅びたがな。


 男がラクーの隊商を率いてやってきた。


「久しぶりだな。アード族の」

「おう、アクス族の。本当に久しぶりだな。五年ぶりぐらいか。まだ大荒野のふちで暮らしているのか」


「我々の暮らしは変わらん。今日は芋と香辛料と薬茶と手紙を持って来た」

「それはありがたい。対価に何を望む?」

「対価は要らない。同じピピデの民じゃないか」

「ありがたく頂いておく」


 アクス族の奴らどういうつもりだ。

 まさかここに移住してくるつもりじゃないだろうな。

 手紙を読む。

 そこには恐るべき事が書かれていた。

 清浄な魔力たっぷりの食品を継続して送るから、ヒースレイ国を牛耳れだと。


 やつら正気か。

 俺は一緒に贈られた芋を蒸かしてみた。


 芋を咀嚼して飲み込んだ瞬間、溢れてくる清浄な魔力。


「おおう、これはたまらん」


 懐かしい感触だ。

 あまりの懐かしさに涙が出る。


 そうだ。

 昔はこういう物がふんだんに食べられていた。

 いつからだろう。

 この感覚を忘れたのは。

 争いもない平和な時代はたしかにあった。


 愚かな事に今でも各国は争っている。

 ヒースレイ国も例外ではない。

 昔を思い出せと芋が訴えかけてくる。

 そうだよな。

 平和な時代を取り戻さにゃならんよな。


  ◆◆◆


「領主に取り次いでくれ」


 俺は領主の館の門番にそう言った。


「アード族が何のようだ?」

「ご母堂が病気と伺った。薬茶を持って来た。献上したい」

「それは殊勝な事だ」


 俺はいくらか待たされて領主に引き合わされた。

 茶器が用意され、メイドが俺の持って来たお茶を淹れる。


「飲んでみろ」

「仰せのままに」


 領主の言葉に頷いて俺は茶を飲んだ。

 清浄な魔力が体に風を吹かせ淀みを吹き払ったかのようだ。


「毒ではないようだ。お前も飲め」


 メイドがお茶を飲む。

 メイドはお茶を飲むと目を見開いた。


「ふぁぁぁ」

「おい、どうした毒か?」

「違います。清浄な魔力が凄すぎて、思わず我を忘れました」


 領主が脇に立っていた男に目配せすると、男は茶葉を持って別室に消えた。


「領主様。お母君が回復いたしました」


 先ほどの男が帰って来て言った。


「対価に何が欲しい?」

「対価は平和な時代です。戦乱を終わらせたいのです」

「ふん、ほざきよる」

「講和派を結成してほしいのです」

「なるほどな。この茶を使えば派閥は結成できよう。しかし、欲の無い」

「愚かさには、もうこりごりです。この世界を生きるものとして責任をとるべきです」

「分かった。善処しよう」


 俺は帰ってから芋を一個ずつラクーに与えた。

 遊牧民の魂を忘れたらいけない。

 定住していても俺はピピデの民だ。

 家畜は命だ。

 大事にせねば。

 幸い芋の数はラクーに食わせても余る。

 俺達には香辛料もあるからな。


  ◆◆◆


 そして、一ヶ月後。


「聞いたか。領主が税金を下げるそうだ」

「そうか。お金は母親の治療のためだったのだな」

「それに、貴族で派閥を立ち上げるらしい。他の領地の馬車がひっきりなしに訪ねてくるそうだ」


 何が琴線にふれたのか分からないが、やる気になったのだな。

 アクス族の人間に食料をもっと融通してもらえないか聞いてみるか。

 それにしても薬茶といい野菜といい、何処から持ってきたのだろう。

 大精霊が復活したのかもしれん。

 どこかに大精霊が治める国があったりしてな。

 楽園があるのなら汚してはならん。

 俺は口が裂けても食料品の出所は喋らん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る