第7話 主席の異邦人

 シュテファン嬢を下して歓声に手を振るなんてファンサービスをしながら控室に戻ると準備を終えて精神統一中のヘシセルがいた。


「調子はどうかな?王女様」

「完璧よ。今なら貴方でも倒せそう」

「そりゃ楽しみだ。頑張れよ」

「見てなさい。王女の自力を」


集中しているときに声をかけられたので若干ムスッとしていたが肩を叩いて送り出すと若干残っていた緊張の影も吹き飛んで、清々しい顔で出て行った。


 急ぎ足で元の席に戻ると観客席はかなり盛り上がっていた。

 観客の目は舞うように戦う第一王女ヘシセル・フォン・ゲルトラキに釘付けになっていた。

 ヘシセルは魔法剣士風な戦いをするのだが、剣を振りながら魔法も発動するというのは高い集中力と技量が無いと成しえない技であり、常に戦いに身を置いている冒険者や軍人ならいざ知らず、学生のうちからできれば間違いなく天才と謳われることになる。

 剣での攻撃とタイミングをずらして飛んでくる火球をギリギリで回避し続ける対戦相手もかなりの腕だが相手が悪かったようだ。

 連続した攻撃に遂に相手は音を上げて降参した。

 相手が膝を着き、ジャッジの教師がヘシセルの勝利宣言を行うと、まだ試験が残っている生徒を含めて全員が盛大な拍手を2人に送った。

 間違いなく今日一番の熱い試合はこの勝負だったのだが、その場にいたすべての人がそれ以上に記憶に残ったのはもう一人の異邦人の戦いだった。


 「神野朱里さん。控室に移動してください」

「よーし、頑張っちゃうぞー!」

「ほどほどにしとけよ。目立ちすぎてもよくないだろ」

「どの口が言ってんだが……」


案内の教師について行った朱里は意気揚々と現れた。

 テンション高めな朱里を横目に対戦相手を見ると大柄ないかにも筋肉質でガキ大将みたいなやつが姿を現した。俺の苦手ないタイプだ……。


「ククク、女を殴るのは嫌いなんだけどなあ」

「優しいんだね。ジャッジ、始めて」

「あ、ああ。それでは、始め!!」


開始前に何か話していたようで、内容までは分からないが朱里を不機嫌にさせることにガキ大将は成功したようだ。


「お前はさっきの魔術師の知り合いかー?」

「そうだよ。だから?」

「あいつはラッキーだよな。質の悪い剣士相手にたまたま勝っただけで合格を引き寄せたんだから」

「蒼がまぐれで勝ったって言いたいの?」

「まぐれだな。俺が相手だったら心が折れて泣きべそかきながら控室に戻ったかもな!」

「……口を慎めよ雑魚が」

「は?」

(うーん。怒ってる?)


開始の合図がかかってもしばらく両者向かい合ったままだったけどいきなり朱里が動き出したと思ったら相手の顔すれすれの位置に剣を突き出した。

 残念なことに一体何を話しているのかちっとも分からないが無茶苦茶朱里が怒っていることだけ分かる。

 一度だけ俺のことが心底嫌いな女子が、俺の陰口を言っていたらしいのだがそれを聞いた朱里と同じ雰囲気を感じる。ちなみに陰口を言っていた女子は数日間朱里に監視されて体調を崩して転校した。あれは……怖かった。

 朱里の一撃で始まった戦いは朱里が攻め続ける一方的なものだった。

 しかし攻撃は当たれば致命傷となる位置に力強く繰り出されているのだがどれも相手に当てる気がないが、肌に触れるかどうかギリギリの攻撃ばかりだった。

 首や胸、頭などのギリギリをかすめていく殺意に満ちた攻撃を受けている相手はかなりストレスがかかるだろうし、すでに頭の中には戦意など皆無で死への恐怖と後悔しか残っていないかもしれない。


「朱里も蒼の様にいたぶる戦い方もできるんだな……」

「まあ、俺の戦い方は基本的に朱里を真似てるからな」

「マジか……」

「冗談だよ」


まあ、朱里はじわじわ壊していくのが好きらしいですから……。自分で言ってたから間違いない。


 「くそが‼当てるなら当てろよ‼」

「嫌よ楽しめないじゃない。それに唾が飛ぶから話さないでくれる」


口元ギリギリを剣が流れて行ったところで崩れそうになっていた男の心は完全に崩れた。


(逃げなきゃ……殺される……)

「どこに行くの?」

「ヒィッ‼こ、降参だ!俺の負けだ。許してくれ」

「許す?面白いことを言うね。お前を許すか許さないか、生かすか殺すかは私ではなく、蒼が決めるんだよ」

「あ、ああ……」

「しょ、勝負あり!勝者神野朱里」


勝負が着いた時、会場は静寂に包まれた。戦いが始まる前は肩を大きく振って出てきたようなガキ大将がうずくまって少女にへりくだっているのだ。

 朱里は目の前の男に完全に興味を無くし振り返るとちょうど俺を見つけたのか、今までの雰囲気は嘘だったかの様に快活な笑顔でこちらに手を振ってきた。

 隣にいるヘシセルは困惑のあまり席を外したが俺としてはもう見慣れた光景だ。

 もちろん、内心ビクビクで可能な限りひきつってない笑顔を演じながら小さく手を振ったさ。見慣れても怖いものは怖い……。


 会場がやばい物を見てしまったという雰囲気に包まれながら残りの実技試験も特に問題なく終わり、屋敷に戻った。

 一週間も経たないうちに屋敷には俺と朱里宛に学院から合格通知が届き、入学に関する書類や諸々の案内が同封されていた。


「制服を取りに来いってさ」

「でも、採寸してなくない?」

「確かに」


取扱説明書は読まない派の朱里に代わって書類に目を通していると教科書と制服を学院に取りに来るように書いてあった。きっとヘシセルが迎えに来てくれるだろうからそんなに気にしなくてもいいかな。

 予想通り案内に書かれていた日にヘシセルは屋敷にいつも通りアポなしで突撃してきて「準備しなさい!」と言って俺たちをさらっていった。


「貴方たちは何位合格だったの?」

「そんなの書いてあったか?」

「書いてたよ。私が主席で蒼が次席」

「何で俺のをナチュラルに知ってるの?」


いつものことながら朱里に若干の恐怖を感じながら自分が次席合格であることが分かった。


「主席と次席がどこの馬の骨とも知れぬ異邦人ねえ……」


問題を引き込んできそうな響きだ。

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