第6話 王立ウレートフ高等学院 入学試験
ヘシセルと朱里の仲の良さと紅一点の逆に黒一点ともいえる肩身の狭さが増していく中、カレンダーは1枚めくられてついに異世界最初の試練の日がやって来た。
入試日の当日もいつもと変わらずヘシセルが起こしに来たのだが、流石に緊張しているのかいつものような勢いは無いようだ。
「早く起きなさい蒼。今日は大事な日でしょう」
「大事な日だからこそいつも通りが大事なんだよ」
「朝から屁理屈を……。朱里に言いつけておこうかしら」
「よし起きた。大事な日だからね。元気に行こう!」
「よろしい」
気のせいだったようだ。今日も王女は平常運転であった。おかしいな、昨日までは「緊張で眠れないよー」と朱里に泣きついていたのに……。
いつもと変わらず美味しい朝ご飯を食べて、先日届いた受験票を握りしめ貰ったローブを羽織ってヘシセルが乗ってきたと思われる馬車に乗って王立ウレートフ高等学院に向かった。
馬車の中で女子2人は修学旅行の行きのバスを思わせるほどテンション高めだったが俺は学院での周りの目が気が気でなかった。
(王女と一緒にいる出自不明の男女……怪しいよなあ)
俺たちの出自は公表されていないし、何なら今住んでいる屋敷も王様名義だから俺たちのものではないともいえる。
どんな目で見られるのだろうかとびくびくしながら学院に到着し、いざ馬車を降りると若干ざわついたが、特別大きな騒ぎになるようなことは無かった。
「どうなってるんだ?」
「何が?」
「仮にも王女が見たことも無い男女と一緒に馬車から下りてきたんだぞ?」
「仮にもって失礼ね。2人は東の砂漠の向こう側にあるとされている国から来たことにしてあるわ」
なるほど一応考えられていたようだ。それもそうか。
「砂漠なんてあるのか」
「砂漠はある。でもその向こう側に国があるのかどうかは知らない」
「ゑ?」
どういうことなんだ?あるかどうかわからない国出身て……この世界的には正しいのか?
「伝承上砂漠の向こう側にも国はあるとされているのよ。でも、交易は無いし、そもそも国が存在しているのかも怪しい。2人は砂漠越えの影響で記憶がないことにもなっているからそれっぽい行動をしてちょうだい」
「あれ?蒼はこの話聞いてなかったの?」
「……聞いてなかったですね」
俺、ナチュラルに無視されてんのか?
若干の心の傷を負ったが、これも少数の定めと割り切って受験票に従い筆記試験会場となる教室に向かった。
筆記はヘシセルから聞いていた通りのレベルの問題しか出てこなかったので問題なかった。どちらかと言うと隣で頭を悩ませている女子2人の方が心配なぐらいだ。
楽勝だった筆記試験を全科目終えて、昼食を食べていると貴族らしき人が数人ヘシセルに挨拶しに来た。流石王女様だね。
何人かは俺や朱里目当てで来た人もいるがその人たちもヘシセルが軽く流してくれたので助かった。流石女(以下略)。
「まもなく実技試験を開始します!案内に従い受験生は準備を行ってください!」
「ん?もうそんな時間か」
「実技も頑張りましょうね!」
「おおー」
実技試験は学院内にある競技場で行われる1on1試験。
ウレートフ高等学院は魔導士、騎士分け隔てなく受け入れており、クラス分けも基本クラスは混合で実力順らしい。
そして実力は定期的に行われる筆記試験と実技試験の結果を総合的に判断するようだ。
そしてこの学院で最も厳しい実技試験がこの入学実技試験となる。
学院に入ってしまえば実技の相手は自分と同じぐらいの実力者となるが、入学実技では受験番号が悪いと圧倒的な力量の差がある相手と当たりかねないのだ。まして魔導士が騎士と当たった時は不憫だ。実力を出し切る前に決着がつくことも無いことは無いらしい。
「――剣士同士の戦いは熱いな」
「白熱のバトルって感じがするね!」
「分かるわ!同時に私だったら―って考えちゃうわ」
「分かる‼」
(女子2人は仲が良いなあ……)
剣が振るえない俺はここでも少数派らしいです……。ヘシセルは魔法も使えるらしいが見せてもらったためしがない。見せてくれていいのに……。
しばらく白熱した他の受検生のバトルを見ていたが、今回の組み合わせは例の組み合わせだった。
「あいつも運が悪いな」
「ああ、剣士と当たるなんてついてねえ」
そんな声が上がるのも無理はない。今立っているのは大剣を構えた男子生徒と震えながら負けを肌で感じる杖を構えた女子生徒だ。
「なるほど、これが噂の」
「そう。毎年何組か出るのよこの組み合わせ」
「不憫だな」
「勝敗で合否が決まるわけでは無いけど、いい評価は望めないわね」
心なしかジャッジを務める教師の顔も曇って見える。
結果は一瞬だった。
詠唱を行う女子生徒に一気に距離を詰めた男子生徒が大剣をあえて何もないところで振り抜き、そこで詠唱が途切れたことで勝負ありとされた。女子生徒は分かっていたことだろうが悔しさのあまり泣き出し、敵であった男子生徒に肩を借りて下がっていった。
「月森蒼くん。控室に移動してください」
「よし、じゃあ行ってくるか」
先ほどの勝負でテンションは下がってしまったが、自分のことに集中する方が先決だと気分を入れ替えて控室に足を向けた。
「あ、そうだ。そのローブは脱いでよ」
「どうして?」
「国宝級のローブなのよ。強力なバフを1つや2つ付いてるってことよ」
「なるほど。了解」
確かに着ている物は国宝だった。忘れてたね……。
「次。月森蒼、シュテファン・フォン・ヘルモルト!」
ジャッジに呼名されて部屋から出ると、反対側からは剣を携えた貴族風の女子生徒が出てきた。
「貴方剣は?」
「無いよ」
「じゃあ魔導士なのね」
「まあ、魔導士でもあるね」
一部では魔術師と呼ばれてるんで。濁しておこう。
「じゃあ、降参しなさい」
(レイピアか……)
開始の合図の前に剣を抜くのも本来反則のはずだが周りがざわつくだけで終わるあたりかなり爵位の高いお家出身のお嬢様の様だ。
「魔導士が剣士に勝つなんて無理、しかも私は侯爵家の娘、どうせ平民の貴方に勝つなんて到底無理よ」
「へえー。強気だねえ」
「チッ、降参しないのね」
興覚めだと言わんばかりに剣を鞘に納めて距離を取ってくれた。
正直何の気迫も感じなかった。
だけど、魔導士を馬鹿にする発言はオタクの魂が、平民を馬鹿にするのはかすかな正義感が燃えているので正義の裁きを与えてやらないとねえ。
「それでは、はじめ‼」
開始の合図と同時にシュテファン嬢はレイピアを抜いて一気に距離を詰めてきた。魔導士に対して近接で早く動くと言うのは”基本的には”いい作戦だろう。
(基本的にはね)
「おしまいね‼」
魔法で身体強化でもしているのだろうか。予想よりも早く俺を射程に収めたらしく鋭い突きが飛んできた。
「『
「何⁉」
確実に俺を仕留めたと思ったのかシュテファン嬢は笑みを浮かべていたが省略詠唱で現れたピンポイントで剣を止めた氷の盾を見て、驚きのあまり大きく目を開いて飛び退いた。
「省略詠唱の魔法でどうして抑えられるのよ!」
「自力の違いってやつじゃないか?」
「ふざけないで‼」
それから何度か同じことが続いた。
彼女は速さにかなりの自信があるようで俺の周りを縦横無尽に駆け回っては死角から突きをしてきた、が、死霊という『目』もあるので難なく防ぐ。
何度も死角からの攻撃を防ぐので闘技場内も俺の不正を疑うささやきも聞こえ始めた。不正なんてして無いもん!
「――ハアハアハア」
「そろそろ終わりにしようか」
「嫌よ!魔導士に負けるなんて!あり得ない!」
「……『
相手の心を完全に折るために氷で無数の剣を作り、そのすべての剣先を彼女に向けた。
「恥じることは無いシュテファン・フォン・ヘルモルト嬢。貴方は魔導士ではなく、魔術師に敗れたのだから」
「ああ……」
「勝負あり‼勝者、月森蒼‼」
……ちょっとやりすぎたかな?
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