勇者として召喚された浪人生が色々あって魔王に転生するお話。

ゆたゆた

プロローグ

希望に満ちた光が突如として暗い海の底へ沈んでいった。


三月十日、午前十二時三十分。某名門大学、入試合格発表の会場にて。


そこには三者三様の制服を着た学生たちで溢れ返っていた。中には母親と熱く抱擁を交わす者、下を向き背中を摩られている者、顔色一つ変えず早々に立ち去る者など皆様々だ。


斯く言う宮本家、長男のムサシは自分の結果を前に唖然と立ち尽くしていた。

「落ちた」そう一言家族に告げ、何も考えず家に帰った。


ムサシの家は言うなればエリート一家である。父は国立病院の小児医。母は金融機関に勤務している。終いに一つ下の妹、伊織は才色兼備で何をやっても卒なく熟してしまう。


一方、ムサシはと言うと。その血を引いていないわけではないようだ。小学校から高校までの間、特別な勉強や努力をせずとも平均点を割ったことがない。それどころか成績は常に上位レベルであった。人柄も悪くなく、友達も多くときには彼女がいたこともあった。


そんな順風満帆な日々を過ごしてきた彼にとって「不合格」の三文字は、想像を絶するものであると同時に今まで味わったことのない感覚へ陥った。


一日、また一日と日を重ねるも、その感覚から抜け出す事は出来ない。

「僕はどうすれば良かったのだろうか」


そんな事をずっと考えていると伊織から一通のメッセージが届いた。

「一緒に大学行かない?」

その意味を少し考え、ムサシはもう二度と後悔しないと自分に誓ったのだった。


月曜朝七時。浪人生、ムサシの一週間はここから始まる。


三十分で身支度をし駅へと向かうが途中知り合いに合わないよう遠回りをする。そして満員電車に揺られながら三つ目の駅で降り、予備校入る。授業は九時からだが、早めに行っていつもの落ち着く窓際の席に座り、一限の予習をする。それが毎朝のルーティンだ。午前の授業が終わり、お昼を食べ。午後は体力が尽きるまで自習室で復習をする。それを繰り返す日々。楽しみがあるとすれば毎回違うコンビニに寄っては珍しいものを買ってみたり、お弁当を自炊することぐらい。普通なら折れてしまうだろうが一つの誓いを胸にムサシは折れないのだった。


そんな代わり映えのしない日常に未来を左右するであろう一つの変化が訪れた。


いつもの席に座り、予習を始めようとし《ルビを入力…》たその時。一人の女の子が声をかけてきた。

「すいません、隣に座ってもいいですか?」

そう言って隣に来たのは佐々木ルイだった。ムサシは彼女のことを知っていた。というのもルイは予備校内で一番と言っても過言ではない程美人なことで有名で、その容姿から男子たちの話題にちらほらと上がっていた。しかし、そんな彼女がなんの用だろうか。そう思ったムサシは思い切って話しかけてみることにした。


「どうして隣に来たんですか?」

と率直に聞いてみると彼女は一瞬瞼を見開きこう答えた。


「あ、あの、最近、一人で勉強するのが辛くて。一緒に勉強してくれる方がいないかな、と、いつも朝早くここで勉強しているのを陰ながら見ていて、真面目な人なんだろうなと、なので思い切ってこう話しかけてみました。も、もちろんいきなり一緒にとは言いませんが良ければお名前を教えてくれませんか?」


緊張していたのか少し遠回りな言い方だが、要約するとこうだろう。一緒に勉強したいです。いっつも見てました。お名前教えてください。と。


ムサシは自分の勉強優先だと戸惑ったものの、勇気を出して話に来てくれたこと、そして何より彼女の笑顔に惹かれ、話を続けることにした。


「宮本ムサシです」


初めはお互い探り探りでとても良い関係とはいかなかったものの、不思議と信頼関係がすぐにでき、数日でしっかり話ができるようになった。


それからというもの、まるで夢のような日々を過ごした。いままでのルーティンとは打って変わって、ルイがいることが当たり前となっていた。朝は駅で待ち合わせ、一緒に予習をし、授業が終わったらご飯を食べる。たまにルイがお弁当を作ってきてくれたりもした。そのあとは二人で夜まで復習や自習、さらに週に一度息抜きで遊んだりもした。帰りにクレープ屋さんに寄ったり、駅周辺のタピオカ屋さんを制覇したり。休みの日には遊園地や映画館に行ったりもした。気づけば、いままでの生活がもはやルイと過ごすことに変わっていき。二人の間には特別な空気が流れ始めていた。


そんな幸せな時間が過ぎるのは早く、季節は燃え盛るほど暑い夏になっていた。


夏になると受験生、浪人生はラストスパートをかけるため睡眠時間から何までの時間を惜しむ必要がある。それは同時に自分との戦い、ほかの受験生ライバルとの戦い、二人で一緒にいることができないことを意味する。一度後悔したことのある、ムサシとルイはそのことを一番よくわかっていた。


そんな二人は最後に「とある約束」をして自らの道に分かれていった。


そんなことは露知らず、異界の門は開かれようとしていた。

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勇者として召喚された浪人生が色々あって魔王に転生するお話。 ゆたゆた @yunyun818

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