十三話_「ジ・エコーかザ・ソナー」

 音衣ねいちゃんがこういった。「呼吸音が足りない」

「だれかがまた…」

「戦った時の音は聞こえた?」

「ううん」

「じゃあ、大丈夫。念のために声とかで誰かわかったら、私に教えて?」

 三階の誰も使わないレクリエーションルームにお菓子を大量に持ち込んで、籠城していた。

 すくなくとも子供は守るべきだ。そういう判断でだ。決してサボりでも疲れでもない。

「係員さん二人。ひゆめちゃんのお友達、後から来た人。お父さんと男の人二人が一緒に喋ってる」

 生存者は10人。今生存確認が取れた人物が7人。ここに2人。

 1人いない。

 この子の霊得術は私が、今の状況にフィットするように組み立てた。効果範囲は船全体。それは間違いない。

「お父さん達、どこにいるかわかる?」

「下の階…たぶん」

「OK、ありがとう。少し出かけてくる。待っててね」

 ”三人組”がどこかに潜んでいる。それさえ分れば消えた一人を特定できる。


 三階部分は中心部に食堂があり、二つのレクリエーションルームとバスルームに繋がっている。

 レクリエーションルームもだが、バスルームも使用頻度は高くない。少なくとも私は内装を確認してもない。

 花なんかなかったら、この時間には賑わいを見せていたことだろう。一応みておくか。

 扉を開けると、二つの入り口にそれぞれ暖簾が掛かっている。”男”と”女”。ぺらと捲り、異音などがしないか耳を澄ませる。

 だれか、入っているようだ。

 そういえば音衣ちゃんは、「呼吸音」が足りないと言っていた。

 溺死…。脳裏によぎるワードは”緊急”と私に焦りをもたらした。

 男湯の中に、駆け足で侵入する。悪い、しかし感謝することになる。と心に念じながら、進む。


 太陽がまぶしかった。ドーム型の骨格が造られているだけで、バスルームは青空に開放されていたのだ。

 部屋の中心部にはお湯の張った円形の彫りが造られている。そして、男が漬かっていた。

「おい。ここは男湯だぜ」

 当然ネームプレートはない。こいつは誰だったか。夫婦ではない。親子でもない。だとしたら大学生の二人のどちらかだ。

「おまえ…もしかして呼吸しないのか」

「は?」

「”花人間”聞いたことあるだろう」

「ああ…あれか。おまえ、秋井戸の連れだったな。そういえば」

「名前。教えてくれ。覚えるの苦手でさ」

柊坂赫ひいらぎざか かく

「あんがと」

 私は、男湯を後にした。”花人間”も呼吸はするだろう。しかし、優先度は水と光の方が高いはずだ。


 レクリエーションルームに戻る。音衣ちゃんがこういった。「…柊坂さんの呼吸音、小さいのかな。間違えちゃった」

「名前、どっちか決めた?」

「【ジ・エコー】にする」

 大切に。

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