十話_VIP対一般乗客

 無記名のネームプレートを胸元に着ける人物が三階への階段を上がり切った時。”大学生”榎田累えのきだ るいと”親”大脇住吉おおわき すみよしと”夫”内々川うちうちがわ火之汰ひのたが囲い込み、無言のうちに”決闘”が始まった。

「望みを叶えている。その自覚はあるかな」

 3vs1だというのに余裕を崩さないその不敵さに苛立ち、急造のスリーマンセルは攻撃を仕掛ける。

 大脇の格闘技の経験を想像させる流れるような拳。それは決して届かないただの威嚇行為に見えるが、その手には花が握られている。

 ”見えない”魔法の拳を、vipは初見で回避した。それは勘や偶然などではない。想像力のなせる歴然とした回避行動。

 拳の延長線上の壁で鈍い音が鳴る。その音のタイミング一つとっても、確実に攻略の鍵となっていた。

 突然の回避でもvipは体勢を崩さない、次の攻撃内々川の爆破も悠々と避けて見せる。

「一人ずつ攻撃しても当たらんよ」

「永遠には続かないッ!」

 二発の拳のモーションを認め、すかさず回避。しかし、その後大脇の全速力でのステップには遅れをとったように見えた。距離でのアドバンテージを捨て、味方の爆破に巻き込まれるのも厭わないと思うまい。

 しかし、次の一瞬のうちに大脇の予想外の事態が起きた。vipの手に先ほどまでは無かった、一振りの刀が握られている。

 シュッという空を切る音。

 手首の動作が刃の長さ分だけ倍増され、切っ先は人間の知覚時間を大幅に超える速度で降りかかる。

 腕の皮膚が一文字に切り裂かれ、鮮血が吹きすさぶ。

「…?」

 血が凍っている。

 血だけではなく、フロア全体が寒い。

「氷使いがいるのかい」

 氷属性の花の使い手、榎田累は答えない。

「累ッ今だ、奴の足を凍り付かせて拘束しろッ」

 しかし、榎田累は何も言わない。彼からはなにかが焼き焦げたような臭いだけが漂っている。

 そしてばたと倒れた。

 刀を花に仕舞って、戦闘態勢を解いたvipはちゃらちゃらとした手の動きで花を二輪取り出した。

「悪いね。でも負けたくないからさ。使っちゃった、二個目の魔法」


 vipは懐から取り出した手錠を三人に取り付け、それぞれの花を奪った。

「波動、氷、爆発。どれもこれも僕の”刀”や”電気”に負けてないと思うけどな。これを才能ととるか、運ととるか」

「それにしても氷使いはんにん僕が捕まえちゃ意味がなくない?」

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