九話_空のガラパゴス的生態系

「ははは」

 ”匿名希望のvip”はテレビではけして見せないような表情で笑っていた。

「面白いじゃないか。”魔法の花”か、ははは」

「予定は変更しない。僕はこの船で東京に行く。はやく花とやらを見せてくれ」

「しかし…そうだな。花も面白いが”魔法使い達の空の孤島”も見逃せない」

「どうかお願いだ、君たちも全員、付き合ってくれないか。ほら、あれだよ”報酬ははずむ”ってやつ」

「ここから降りないだけで一人につき1000万やる。今ここで送金も済ませる」

「ただし、一人でも欠けたら話は無しだ。当然氷使いはんにんは逃せない訳だしな」

 1000万…。しがないフリーターには夢のような額だ。しかし、そんな条件は成立するわけがない。

 常識的に考えても、ここで船を止めて警察機関を頼るのが最善だ。魔法による殺人という前例のない事件になるだろうが、俺達にはもともと手に負えないミッションだった。

 しかし、完全に糸口が消えたわけではない。

 俺の言葉がとある秘密の発見を紡ぎだす。いまだ解明に至っていない未完成の理論だ。

「花は人に寄生する。そして死に至る。最悪なのはそこじゃない。その前の段階」

「ほう?」

「脳を乗っ取る。そして乗っ取られた”花人間”は新たなる花人間を造るために暗躍する」

「なるほど。君が言いたい事はこうだな?『今ここで降りれば地上にパンデミックを運ぶことになりえる』」

 しかし、乗客は降りることを止めようとはしなかった。

 だが。突如として歩みを止めた。

「動けない…おい!ここから降ろしてくれ!」

 加庭の方を見る。右手を開いていた。それはバッカーウィットを発動する時の癖だ。

 船を降りようとする全員が、何度も前後に不自然な動きをしていた。

「…ふむ。みなさん協力ありがとう。じゃあ行こうか」


 連絡通路が船体に回収されていく。このいかれた時間から解放される術は失われた。


 vipは、無記名のネームプレートをかざし、誰の名も刻まれていない部屋を開けた。

「花があるって話だったけど、ないね」「”船長”の遺体ってどこに置いてある?」「僕も”花”が欲しいんだけど」

 船員の女の方が、渋々と事務室の鍵を開けて、中にvipを招き入れた。

「えぐいね…」やさしく、手を合わせる音だけが響いた。


 -終-

 自室に完全に籠り切った者。目を血走らせ、どこからどこへと早足で歩く者。

 だれしも”花”を頼りに、そして疑い、時を待っていた。

 あれから【ウィザードマン】の検査のチャンスは一度もなかった。全員が警戒している。それなら仕方がない。俺は、加庭の部屋をノックした。

 彼女もまた部屋に籠った一人だった。もともとサボり癖があるのもそうだが、【バッカーウィット】の使いすぎが祟ったのだろう。

 ガチャと内側から扉が開く。

 部屋の中には加庭ともう一人、女の子が居た。そして女の子は俺を見るたび、すこし怯えるような所作をみせた。

「どうしたんだ」

「この娘…どうやら霊得術を使えるらしい。たぶん、”花”を食べることで入手した」

「なに」

「著しい聴覚過敏。おそらく、船の中の全ての音を知覚できる」

「…なるほど、それは俺の来た用事にも関係しているな。あの場で話した”花人間”理論その続きだ。よく聞け」

「俺の魔法【ウィザードマン】を使えば、どれだけ花の種が成長しているか、検査できる。今のところその子と俺自身しか検査できていない」

「俺の状態は”種”。そしてその子の状態は”芽”。しかし花を食べるという行為の影響は未知数だ」

「ここからは予想だが…この方法で”氷使いはんにん”を割り出せると思う。ただ…問題なのは次。”花人間”ならそれら全員が”氷使い”と同じ暴力性を持つと言ってもいい」

「場合によっては全員を始末する必要がある。当然その子も」

 加庭は俺を睨みつけた。いまにも殴りかかるのではと思うほどの殺気だ。

「ありえない。全員始末はないだろう、論外だ。忘れたの? 私たちのミッションは乗客の保護」

 そしてもう一言付け足す。「地上に降りた後の事はしらない」

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