「さて、貴女が先程仰ぎ見たこちらの本棚ですが、こちらは区画を区切っている壁でもあり、フロア構造を支える柱のような役目も担っています。そのため見れば分かる通り天井までしっかり伸びています。ということは問題があるでしょう?」

 わくわくと試し聞いてくる麗鈴に、もう諦めたとばかりにため息を一つついた仄。

「何か仕掛けがあるんですね」

 そう切り替えしてきた仄に、麗鈴の顔はすんと真顔になった。

「……つまらないですね」

「私で遊ばないでください。普通に考えて、余程長い梯子なりなんなりが無い限り、上の方の棚には本を置くことも取り出すことも不可能です。でも、見たところそんなものはありませんし、今の含み方で察しはつきます。で、どうすればいいんです?」

「はぁ、可愛げのない」

 ものすごく肩を落とし、残念さを体中で表現しつつ、麗鈴は周りの本の山から一つ選んで手に取るとそれを本棚に。

 不思議なことにこの本棚に本を入れると、本は入れられた方向で直立不動になる。どんなに薄い本や表紙が重厚ではない本でも、ちゃんと立った状態を保たれるのだ。

「移動させたい本を入れたらLiVeを呼びます。クロ、この本を一番上の棚に」

 本の近くにやってきたクロが、手をかざせば本が光りだしてその場から消える。

「と、このように本棚の本の移動はLiVeに命令することで可能です」

 平然という麗鈴の横で、本が一瞬でその場から消えてしまったことに内心驚きつつ、それを表に出せばからかわれるだろうと、平静を装いながら仄は本棚の上を眺めた。

「……いや、見上げたところでここから目視での確認はできませんよ」

「本当に移動したんですか?」

「まぁ、信じられないのも無理はありません。外にこの技術は出ていませんからね。これは物質の空間移動です。現在のところ無機物にしか応用できていませんし、この本棚と本という関係性の狭い範囲でしか出来ません。技術島が頑張っているようですが、まぁ、本棚以外、ましてや人間への応用は無理でしょうね」

 含みを持った嘲るような笑みを本棚に向けた麗鈴。

 意味ありげな笑みだったが、それに踏み込むのは憚られ、仄は見て見ぬふりをした。

「本棚と本、ということはたとえ本棚に本以外のものを入れて命令しても移動しないということですか?」

「流石純度100,その通りです」

 にっこり微笑んだ麗鈴は、腰にぴったり巻きつけるようにしてあるウエストポーチから小さな筆を取り出して本棚に置く。

「これは作業用の筆で、本についた埃などを払うときに使うものです。クロ、これを2段上の棚へ」

 少し戸惑いながら、クロは本棚に近づき先ほどと同じように手をかざしたが筆が移動する気配はない。

 麗鈴は、困ったふうに羽ばたくクロの頭をなでた。

「クロ、出来なくていいんです。大丈夫ですよ、これは実験ですからね」

 麗鈴が言えば、クロは少し瞬いてふわりと仄の肩に腰掛ける。

「と、このように本という存在でない限りは本棚が反応することはありません。そうですね、間違って反応するとすれば片端を綺麗に閉じられた紙束ぐらいでしょうか」

「すごい技術ですね」

 感心したように言う仄の言葉に、麗鈴は顔に影を作りながら嘲る笑みを再び顔に張り付かせ、鼻から一息吹き出す。

「まぁ、技術や研究島の連中はそれが生きがいですからね」

 その様子に仄はこれはこの話題は回避すべきなのだと理解し、本棚の説明に戻した。

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