「住人は本を開かないと出てこないんですよね?」

「ええ、開いた本からあふれるのが住人です。しかし住人自らが本を開くことは出来ません」

「っていうことは全部広げながら作業するってことですか」

「慣れてくれば本を開かずともだいたい分かるのですが、貴女はまだでしょうから開いて確認していただいて結構です。目安として、住人が5人未満は棚にしまうと思ってくれてればいいでしょう。ただし、開くということは住人を呼び出すということです。くれぐれも住人の言動には惑わされないように」

「わかってます」

 はっきりと返事をした仄を麗鈴はじっと見つめて「まぁ、よしとしましょう」と息を吐いて、次の説明を始める。

「棚にしまう際のルールはありません。それはHが決めていいことです。作者順や作品順、出版社で分けたりするのがだいたいですかね。秩序のない収納でも貴女がわかるのであれば問題ありません」

「……でも、これは一時的ですよね? 結局これらも出してきて作業するんですから作業が終わってからでもいいのでは?」

「そう思うのならそうしていただいて結構ですよ。ただ、我々の作業はただ翻訳、修復するだけではありません。地上からの要請によりその要請に合った本を探し出すことも仕事の一つです」

 探し出すと言われ、仄は自分の周り、そして区画全域を見渡した。

「いやいやいや、この中からですか?! 」

「そうですよ。要請があれば他の作業を中止して探し出し、そちらを優先で翻訳します。今まで物語エリアの担当は居ませんでしたので、要請があっても断ることが多かったですが、今後は貴女が居るから要請も通るでしょう。とはいえ、物語で要請を出す人なんてあまり居ないでしょうけど」

「ここに来るまでちらっと見ただけですけど、他のエリアもここと変わらないくらいありましたよね? 要請があれば皆さんあれを全部確認するんですか?」

「当然です。確認し、要請されたものがなければ要請不可となりますが、探しもせずに要請不可とすることは出来ません」

「やらなくてもバレないんじゃ……」

「バレますよ。アレ……じゃなかった、知珠咲長と契約してますからね。聞きませんでしたか? 仕事についてはすべて知珠咲長に筒抜けだと。なので絶対にバレますからやらないほうが無難です。要請には期限があるものとないものがありますので頑張って探してください」

「ここからたった1冊を……」

 辺りを再び見回し天を仰げば、遥か彼方に有る天井向かって伸びた本棚があり、それにもぎっしり本が詰まってるのが見える。

「探し出せなかったらどうなるんです?」

「要請を出した人次第ですね。期限を延長しても探せという人も居ますし、もういいという人もいる。まぁ、すべて探し終えるまで要請を出す人のほうが多いですけどね。なんせここはトラスパレンツァ図書館ですから」

「この大陸全ての知識と認識、技術が集まる場所、ですか」

 改めて、周りを見た仄は諦めの顔をしながら大きく深呼吸をした。

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