研修
1
麗鈴のスパルタ研修が始まる。
では早速と言ってからすぐに書庫に戻り、積み上げられた本を背にして説明しはじめた。
「さて、ここは昨日のうちに私のLiVeに頼んで棚を1つ空にしてもらっています。わかりやすく説明するためですので、作業をするたびに都度棚を空にする必要はありません」
連れてこられた一角の一つの棚が、麗鈴が言うようにはるか上の方まですべて空になっていた。そして、麗鈴の後ろにはうず高く積まれている無数の本があり、おそらくこの棚に入っていた本であろうと、仄はこれから何が始まるのかと少々暗い気持ちになる。
そんな仄をわかっていながら、少し楽しげに麗鈴は続けた。
「この区画、つまりHが担当する場所にあるのは、物語です。歴史書や法律書、そして医学書的な専門的知識が必要な区画ではありません。なので、先んじてそれらを学習する必要などありません」
「違ったら学習するんですか?」
「はぁ……、当たり前じゃないですか。専門的なことを理解しないで翻訳など出来るはずがないでしょう」
「まぁ、それはそうですけど」
呆れたように言われて、仄も少し気分を害しながら周りを眺める。
「物語というと、小説とかそういう類ですか?」
「そうですね、それも含まれます。物語とはつまり作者が頭の中で組み立てた、現実では存在しない世界の話、フィクションという括りになります。ただ、かなり大きい括りですので、専門的な知識などが要らない分、運び込まれる量が他よりも多く、細かい種類に分けていく分類作業が非常に大変な場所でもあります。本の分類の采配は貴女に一任されいているので私が何かを求めることはありません。しかし作業についてどの区画でも、まずやらなければならないことが存在します。それが1つ目のルールですね」
そう言うと麗鈴は自分のそばにある2冊の本を手に取り、仄に渡した。
「さて、その2冊の違いは何でしょう?」
にこやかに聞いてくる麗輪の眼差しに、これはまた嫌なあの癖が始まりそうだとため息を付きつつ、手に持った2冊を見比べる。
どちらも出版社も同じであれば、タイトルも作者も同じ。一方が少し汚れているように見えるが、これといった特別な違いは見当たらなかった。
発売日の違いだろうかと、仄が本を開けば、そこから幾人かの住人が現れた。
「……あっ。住人の数が違う」
仄の呟きに麗輪の口の端がゆっくり上へと引き上げられ、怪しい笑みがこぼれる。
「さすが純度100、正解です」
「いや、ここまで明確に違えば誰だってわかるでしょ」
「いえいえ、本を開けるという行為に対しての賛辞ですよ。大抵は側ばかりを見比べて中を見ようとしないものですから。さて、まずやらなければならない作業、それは住人に関します。ここでは住人の数が多い物から順に翻訳、修復などの作業しますので、それらは作業場に運び込む等、次の作業に移れる状態します。ですので棚にはしまいません。まず棚にしまっていくのは後ほど手を付けるであろう今は邪魔な、住人が少ない本です」
麗鈴は仄の手から本を取り上げると、住人の少ない方を選んで棚の空いている部分に仕舞った。
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