「私は千珠咲長の許しをもらい、極めて特別にあの連中の生み出す好奇心、その実験結果を見せてもらっています。ですので、当然のことながら貴女のデータも見ていますし、現在そのデータが千珠咲長によって消されてしまっていることも知っています」

 薄暗く、本が山積みになっている場所をまるで何もないかのように進んでいく麗鈴。

 仄は本に躓かないようにと気をつけ必死で付いて行きながら、訝しげに麗鈴の後ろ姿を見つめた。

「それだけ知っておきながら。そう思っているのでしょうね」

「まぁ、多少は」

「残念ながら、私は口出しをするつもりはないんです。ただ、彼らの動向を見ておきたいだけですから。全てのベース、それらを一度に組み込んだとき、初めは細胞分裂すらしなかったらしいです。まぁ、当然でしょうね、情報が多すぎる。故に彼らは細胞分裂を重ねる卵に徐々に情報を与え、全てのベースが混在する私を作り上げました。それがどんな弊害を生むと思います?」

「単純に考えれば成長が酷く遅くなる」

「そう、卵は困惑するのです。その困惑を理解し、受け入れれば卵は成長する。さらに人の形を成したとしても、それが崩れ去る可能性もある。形は成しても中身がスカスカであれば器であって人では無い。故に私がこの世界に出たのは着床から80年という月日が流れていました」

「80……。とてもそうは見えませんが」

「そうでしょうね、私は『通常の人間』よりも老化しにくいんです。しにくいだけで老化は確実にしますので、連中にとっては不老不死の成功例とはなりえませんでした。まぁ、老化のスピードに対するデータは取れたでしょうが」

「でも、今こうしてここにいるということは」

 仄が言い終わる前に少し冷たい視線を流して麗鈴は言葉を重ねる。

「確かに私はカプセルから出ています。しかし、80年を経てカプセルから出されたその理由は廃棄処分だったからです。すべてのペースを組み込んだ人間として形を成すことに成功はしましたが、私は彼らが思い描いていたような人とはならなかった。故にデータを取り終えた彼らにとって不用品となった私は、カプセルから出されミンチにされる予定でした。今こうして居るのはその直前で千珠咲長が引き抜いてくださったからです」

 仄の部屋の前に着き、麗鈴は自分の後ろで呆然としている仄に開けるように言った。

 言われるままドアを開けた仄だったが、あまりのことに頭の中の整理がつかないでいる。眉間に皺を寄せて黙り込んだままの仄に麗鈴は微笑みを向けた。

「貴女は戦闘能力が低いだけでしたから、カプセルから出された後も研究対象として生かされていたんです。何より、純度100が形を成していることも珍しいですし、戦闘能力以外の能力値は今までの純度100より飛び抜けてよかった。そしてカプセルから出てこれだけ長く生きている例も珍しいですからね」

 麗鈴はそのまま微笑んでいた口の端を引き上げて小さくいやらしく笑い始める。

「ですから、連中は悔しがっているでしょうね」

「悔しがる?」

「えぇ、貴女のデータ全てを千珠咲長に消されてしまったんですよ。貴女に処分決定をしてしまったがために」

「まさか、私も?」

「第3島に送られた後の貴女は成長という成長が見えず、彼らにはつまらない対象となりました。彼らにとってデータを取り終えた個体に存在理由はありません。下手に生きていてもらっても困るでしょ? 何かの拍子に貴女の体から自分達の努力の結晶が何の努力もしない人物に漏れるなんてことがあれば、彼らにとってはらわたが煮えくり返る出来事になりますからね」

 あまりに衝撃的なことに驚いていると、麗鈴のため息が聞こえ、仄は麗鈴を見つめた。

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