「探究心でなく、好奇心だとしても研究者が持つものとしては当然ですし、厄介とは思えませんけど」

「探究というものは、ひとつの事柄の真意を見つめようとする。つまりある程度の理性が働くものです。しかし好奇心は違う。子供のように無邪気な好奇心は時にどんな残酷なことも正当化されてしまうのです。子供が、一体この昆虫はどうなっているのだろうと足を引きちぎる。それと同じ好奇心を持った彼らが優秀な技術力と知力で生物に興味を示す。それがどれだけ厄介か、貴女なら分かるはずです」

 最後に語尾を強めて言う麗鈴の様子に、仄はなるほどと納得し、改めて麗鈴に聞く。

「貴女も私同様に試された人だったんですね」

「流石ですね。頭の回転はWよりもずっと良い。純度100の個体が形を成した時、たとえそれが成長途中で形を崩し亡くなったとしても、彼らの中に純粋な者が作れるかもしれないという喜びと、必ず自らが形にしてみせるという欲と、さらにもう一つの好奇心が生まれた。では逆に、全ての要素を取り入れればどうなるのかと」

 本来、人を作る際に用いられるのはベースとなる情報が一つ、そして個体差を出すために多くても二種類までの異種の要素が組み込まれた。それはすでに存在する者からの情報であったり、保管されているすでにこの世に居ない者の情報だったりする。

 たった一つの情報で人が人として形作られ、正常な状態で生きるのはまれであり、また混在する情報が多くても失敗する。この世界の科学者にとって、それは永遠のテーマとなりつつあった。

「話の流れで言えば、貴女の中には全てのベースがあるということになりますよね? でもチャイニーズと」

「身体的特徴にチャイニーズが色濃く出たからそうなっただけですよ。私の中にはオリジナルと呼ばれる全てのベースが混在しています」

「そんなことが」

「もちろん、成功例はこれまで私だけです。知っていますか? この世界では昔、人間の女性のお腹の中で精子と卵子が受精し、人は卵から人へと成長、腹から出てきたその日を誕生日と称したそうです」

「らしいですね。私達はカプセルの中に着床し、更に安定期に入って人の形を成し、カプセルから出された瞬間をそう言っていますが」

「そう、ですから私には誕生日というものはありません。研究材料ですからね、何時どうなるかわからないものにそのようなものは存在しない。たとえ形を成し、知性と呼ばれるものが芽生えようとも私がカプセルから出されることはなかった。貴女のも同じ時期に着床した他の者達よりずっと後に付けられているはずですよ。カプセルから出した途端、崩れ去り廃棄となるかもしれない者のデータは研究資料としては存在しますが、個人の経歴としては存在しない」

「確かに、私の経歴は研究島から出された後から始まってます。あまり深く考えたことはありませんでしたけど」

 麗鈴は仄の様子に「まぁ、そうでしょうね」と薄く笑いを浮かべる。

「貴女は彼らにとって出来損ないであり、早々に島を出されています。そして、そういうことを考える時間も、島を出されてしまったがゆえに無かったでしょうし。純度100と能力不足、それらは貴女にしつこくまとわりついて離れず、それについて苦悩しない時はなかったはずです。私は、嫌になるほど時間があり、さらに彼らを観察できる状況にもありました」

「まるで見てきたようですね」

「正反対の種類だとしても、置かれている状況はあまり変わりません。それに経験もそうですが私のほうがずっと先に生まれていますから、貴女の状況は誰よりも知っています」

 一体どういうことなのか、仄が首を傾げていると階段が終わり、職場であるB4に辿り着いた。ぐるりと辺りを見回した麗鈴は仄の部屋がある5区へと歩き始める。

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