道中、麗鈴はこれといったことは喋らない。沈黙の中、仄自身も話題なくただ麗鈴に付いていく。つい先程千珠咲と出てきた場所に入り、後ろで入り口が閉まると突然麗鈴が話しかけてきた。

「純度100、そう言われるのが嫌だと言っていましたね」

「えぇ、珍獣扱いですから」

「私は羨ましく思いますよ。同じ実験体動物としては」

 仄が首を傾げていれば、麗鈴は微笑む。

「私のプロフィールはご覧になりましたか?」

「目を通すように言われたので千珠咲長の部下とされる人達の資料には全て目を通してます」

「では、不思議に思ったことがあるはずです。違和感が、あったでしょう?」

 そう言われて仄は確かにと頷いた。

 プロフィールに書かれてあったのはイニシャルのアルファベット、顔写真、部署と主な仕事内容、更に個人的な身体情報から何島より生まれ、何処を経由してきたのかという経歴まで網羅されている。書かれていないとすればそれは本名ぐらいだった。

 しかし、麗鈴のプロフィールには個人の情報として身体数値あったが、経歴などその他においては空白。自分の経歴も今では空白となっているため、驚くほどのことではなかったが、どうしてだろうと疑問には思った。

「あの空白、千珠咲長が消したのかと思いましたけど違うんですか?」

「そういえば、貴女はそうでしたね。でも私は違います。私に経歴などというものは存在しないのです」

 微笑みながら言う麗鈴の言葉に、仄の眉間には皺が刻まれ訝しげに麗鈴を見つめる。

 他の国ならいざしらず、このトラスパレンツァ図書館のある島に経歴のない者など存在するわけがないからだった。

 遺伝子の情報から細胞分裂の回数、どの島で何をしているのか、特別な事例がない限り全て記録されその者が死ぬまでその記録は付け続けられる。だが、仄に嘘をついた所で麗鈴が何か得をするわけでもない。どういうことなのか、詳しいことを聞こうとした仄を薄目で見つめて麗鈴は続ける。

「この図書館のある島で最も厄介な島民は何処の連中だと思いますか?」

 唐突な質問に、また話をはぐらかされるのだろうとため息をついた仄。

 しかし、それを見透かしたように麗鈴は口の隙間から小さく息を漏らすように笑った。

「全ては貴女の質問に応えるための準備です。はぐらかしたりはしませんよ」

「ここの人達は超能力か何かを持ってるんですか?」

「超能力? そんなこと、あるわけ無いでしょう。そうですね、そういうのを持ってるとすれば千珠咲長ぐらいですね。貴女は顔や態度に出すぎるんですよ。超能力で心の中を読む必要ない程にね。早めに直した方がいいですよ、彼らに嗅ぎつけられたら面倒になるのは目に見えてますからね」

「彼ら?」

「それは後程。話を戻しましょう。ここで一番厄介なのは第1島で働く人間と、第1島の為に生成される人間だと私は思っています」

「第1島というと。研究施設があって、九島等の研究施設の研究員を製造する場所ですよね?」

「そう、彼らはある要素を酷く濃くしている。それがとても厄介なのです」

「えぇっと、確か探究心でしたっけ? 研究をする上でもっとも重要な要素だと習いましました」

「探究心、なんとも良い呼び方をしますね。あれは、好奇心です」

 麗鈴は酷く表情を歪ませ、まるで汚物でも見るような瞳で前方を眺めて歩いて行く。その表情は鈍い仄でも何かあると思わせ、仄は小さく息を吐き出した。

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