「仄ちゃんじゃないか。本当に働いているんだけね」

「牛乳屋のおじさん。どうしてここに?」

「どうしてって、配達に決まっているだろう? 仄ちゃんとも来たことがあるじゃないか。ほら、各島への牛乳の配達を手伝ってもらったときに」

「え、配達の時、本島によってたんですか?」

「なんだ、気が付いてなかったのか。あぁ、こっちは裏側だから気づかなかったのかなぁ。パンの配達をする表とは雰囲気が全然違うから」

 牛乳屋の主人は仄の言葉に笑顔を見せて答えながら、千珠咲に向かって軽くお辞儀をする。

「もしかして、仄ちゃんはつばめさんのところで働くんで?」

「えぇ、うちでこき使いますよ」

「そうか、やっぱり」

 大きく笑って話す二人の様子に、仄は首をかしげながら牛乳屋の主人にやっぱりとはどういうことなのか尋ねた。

「ここに配達に来た時に、燕さんが仄ちゃんを見かけたらしくてね。その後で第3島に来て仄ちゃんのこと色々聞いてたんだ。だから仄ちゃんが本島に行くって聞いた時は皆でもしかしてって言ってたんだよ」

「そうだったんですか。全然知らなかった」

「まぁ、違ってたらダメだからね、皆そのことは言わなかったんだよ。燕さんは本島の人にしては珍しく、どの島の人にも気持ちよく挨拶してくれる良い人だから、仄ちゃんが燕さんの所で良かったよ。まぁ、そんなに偉い人じゃないけどね」

 牛乳屋の主人の言葉に、仄は驚きながら偉い人じゃないという発言を訂正しようと口を開きかけると、横から千珠咲が割って入る。

「そうなんですよね、雑用係の雑用をやることになるから仄が偉くなるなんてことには全く縁がないでしょうけど」

「いやいや、本島でこうして働けるだけで素晴らしいことです。じゃ、仄ちゃん、頑張ってね」

「……あ、はい!」

 笑顔で手を振りながら去っていく牛乳屋の主人の姿が見えなくなってから、仄はちらりと千珠咲を見た。

「どうして? って聞きたそうだな」

「そりゃそうでしょう。偉くないなんて、これ以上ないくらい偉い方なのに。それに燕さんってなんですか」

「両方とも答えはあれが私の部下ではなく、また私以外の人間だからだ」

「またなぞなぞ形式ですか? いい加減鬱陶しいですよ」

 仄の態度に、少々嬉しそうな笑みを口元に浮かべ千珠咲は歩きながら話し始め、仄もその後についていく。

「ではなぞなぞの続きだ。他の島の人間にあって、第3島の人間にないものは何だ?」

 突然の質問に暫く考えた仄は沢山ありすぎると千珠咲に向かって言った。

 実際、第3島の人間は商人としての知識は優れているがそれ以外の知識を持つことは無いし、どの島の人間よりも劣っていると言っていい。

 しかも商人といってもすでに生産されるものや売るものが決められている状況で商売的な競争などというものはなく、人と争うという感情すら無いのだ。

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