「図書館というからにはもちろん本の貸し出しを行っている。地表部分にある建物の書物は紙、電子共に無料で貸し出しがされ、様々な場所からそれらを借りに来る客が絶え間ない」

「それくらいは知っています」

「では、それら貸し出しされている本がコピー品であることは知っていたか?」

 千珠咲ちずさの言葉に少し驚きの表情を見せたほのかは首を横に振った。

「あれらはドールによって作られたコピー品だ。まぁ、ある意味、コピーの方が原本に忠実と言えば忠実なのだがな。お前やウォール、そのほかの私の部下が行う仕事はそのコピー本を作る前段階の仕事になる。現在の我々の言語ではない言語で書かれた原本を翻訳し、それをドールに渡すこと。さらに、先ほど見たから分かると思うが無数の本は大きく分類はされているものの未整理の状態に近い。翻訳が終わった書物は全て他の階層にある保管庫に整理整頓された状態で保管する」

「なるほど、戦闘能力値が低くても出来そうですね。その代わりあらゆる言語に対応する能力が必要」

「半分正解で半分不正解だが、まぁ、そんなところだ」

 微笑で返してくる千珠咲ちずさの言葉に少々眉間に皺を刻んだほのかは暫く考えたのち、千珠咲ちずさの瞳を見つめて「分からないことがあります」と質問を切り出した。

「先ほどウォールさんに見せていただいたあの契約説明書、あの内容についてです」

「……シンプルで分かりやすいだろ」

「そうですね、とてもシンプルです。でもただ翻訳し、本を整理するだけのために、どうして私は貴女に私の全ての権限を譲渡しなければならないんですか」

「ウォールに聞かなかったのか?」

「秘密厳守で貴女の直属の部下になるからだといわれました」

「間違ってはいないな。だが、全ての権利といってもお前たちの意思を尊重しないということではない。命令はするがそれが窮屈だというのなら言えば改善する。ウォールを見たなら分かるだろう、縛られてがんじがらめな所であいつが働くわけが無い。さらに、私に権利をゆだねるということはお前たちの命を守ることにもなる。今話せるのはこれだけだ。それ以上は今の段階では無理だな」

「肝心な説明はサインをしてから。それって何だか騙されているような気がするんですけど」

「騙しちゃいないだろ。それにお前が引っかかっているのは全権譲渡という部分だけであって、ひっかかっている理由はそれほど重大ではないはずだ。今の段階ではありとあらゆる全ての束縛を意味するものでないと分かれば十分だと思うが違うか?」

 まるで見透かしたように言い、また自分の都合でことを運ぼうとする千珠咲ちずさに一瞬苛立ちが沸きあがって来たものの、そこで苛立ちをあらわにしては千珠咲ちずさの思い通りだという気持ちもあり一息大きく吐き出す。

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