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「貴女には何を言ってもどんな態度をとっても同じなんでしょうね」

「よく分かっている、ウォールよりも優秀だ。私から今話せることはこれ以上無い。サインをするか否か、選んでもらおう。ここでサインをすればそのままこの施設の中でのお前の仕事と住む場所そのほかの説明を始めよう。サインをしないのであれば新たに私がお前の経歴を好き勝手に書いて、お前の望む島に送り込んでやろう」

「全く、本当にそんな好き勝手して良いんですか?」

「私が良いって言ってるから良いんだ」

 このトラスパレンツァ図書館の総監はなんて自分勝手なのかとあきれたほのかだったが、考えてみれば第3島の自分が住んでいた場所は引き払い、あんなに喜んで送り出してくれたところに引き返すわけにも行かない。第3島以外の島民で良い思いをした覚えはなく、行きたいと思う島など無い。

 ちらりと視線の端に知珠咲ちずさを映せばその口は少し持ち上がり笑顔を浮かべ、瞳はそれ以上に楽しげだった。その様子を見て取ったほのかは大きく溜息をついて千珠咲ちずさに向かって手を伸ばす。

「なんだ?」

「契約書をください。サインをするので」

「結局ここで勤めることにしたということか?」

「どの口がそういうんでしょうね、貴女は私が勤めるしかないことを知っていたはずでしょ。結果を知っているくせに逃げ道を用意して何がしたいのか私にはさっぱりわかりません」

「人生は常に試されているということを教えておいてあげようと思ってな。OK、契約しよう」

 千珠咲ちずさの微笑みはとてもたおやかで柔らかかったが仄はその笑顔をとても冷静なまなざしで見つめて頷いた。

 自分の目の前に腰を下ろした千珠咲ちずさが差し出した一冊の本。

 開かれたページは真っ白で、また何をするつもりなのかとあきれたような瞳で千珠咲ちずさの言葉を待つ。すると千珠咲はナイフを差し出した。

「何も書いていないのには理由がある。それは後で話してやるからそう身構えるな。体のどの部分でも良いからそのナイフで切り、己の血で自分の名前をその紙に書け」

 ほのかには理由が全く分からなかったが千珠咲ちずさの言うことに従わない理由は無い。

 人差し指にナイフを押し当てるようにして指の腹を切り、痛みに少し顔を引きずらせながら白いページに自分の名を書き記した。

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