ゆっくりと透明なチューブの中を下りていくよう。当然辺りの景色は丸見えなのだが、その景色はどこまで行っても本しかない。

 自分がチューブの中から見ている空間は一体どこまで続いていて、どこで終わりを迎えているのか全く分からず、積み上げられた本の向こうに見えるはるかかなたの漆黒の暗闇がほのかは少し怖く感じた。

 その階では床であり、次の階では天井である仕切りの分厚い板を何回も見送って、最後にどこのものよりも数十倍厚さのある床をすり抜けた先で、ようやくチューブは終わり、床に空いた丸い空間に自分の乗っている床がはめ込まれて止まる。千珠咲ちずさが指を2回鳴らすとオーロラ色のチューブは姿を消してその代わり、天井の穴がゆっくりと周りに侵食されていくように現れて閉じていった。

 先ほどまでの本の山が嘘のように紙一つ無い空間にあるのは机が一つとソファー、そして古めかしいパソコンが一台。

「この執務室であれば名前を出して話しても大丈夫だ。まだ慣れんだろうが、ここ以外ではやらないように」

「あぁ、はい」

 本島には第3島からパンの配達にやってきたことはあるが、島の中心、小高い丘の上に建つ石造りの古めかしい図書館の搬入口だけで、館内に入ったことの無いほのかは入り口も何も無い空間をぐるりと見渡して小さく息を吐いた。

「外は石造りの古い建物で周りの庭にしても年代物という感じなのに中は最新技術が満載ですね」

「そうでもないさ、どの技術も上層にある施設に比べれば時代遅れな技術ばかり。だが、最新が必ずしも良いわけではないからな。適材適所だ」

「私も、適材適所なのでしょうか?」

 適材適所、その言葉に思わず反応して呟いてしまったほのかだったが、その反応に千珠咲ちずさは口の端を少し上げて嬉しげに微笑む。

 ほのかにソファーに座るように言った千珠咲ちずさは、ほのかが座るのを横目で見ながら、対している机の上に腰を下ろし足を組んだ。

「そんなに自分の出生地が気になるのか?」

「気にならないといえば嘘になります。それに幾度と無く不良品扱いを受けてきました。気にするなというほうが無理じゃないでしょうか。第3島で私の周りには不良品扱いをする人はほぼいませんでしたが、3島にやってくる島外民たちは違いましたから」

「まぁ、第11島で生成され第3島で生活する連中に蔑みの概念は植え付けられていないからな。そしてお前の言う嫌な概念を植えつけられているのは第11島以外で生成される連中だ。他人との競争、それを促すための概念の注入、ゆえに他者を蔑む行為も簡単に行うことが出来る。この概念の一部はドールにも注入されているからある意味、第11島の連中はドールにも劣るが弱者と強者を分けないところでは素晴らしい連中といえるだろうな」

「簡単に言ってくれますね」

「そう決められた世界であるのだから仕方が無いだろう。嫌ならば死ねば良い。ドールと違ってお前たちは感情と頭脳を持って人として作られているのだから自分の意思でそれが可能だ。既に構築された世界を覆すのは難しいし、お前にそこまでの力は無いだろう? 不満を口にするのは自由だが、与えられた自分自身の全てを否定するような言動は感心しないな」

「別に否定はしていません。ただ、自分を良く分かっているからこそ何故この図書館員として呼ばれたのか不思議でならないだけです」

「なら、その疑問を解決してやろう」

 千珠咲ちずさが机にある模様の一つを指でなぞって押し込めば、空中にスクリーンが現れほのかの経歴書と生成記録が映し出される。

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