千珠咲ちずささんは名前から想像するとベースがジャパニーズなんでしょうか?」

 唐突な質問に一度は何を聞いて来るんだと思ったウォールだったが、横目に見たほのかの浮かない顔を見てすぐにその質問の真意を導き出して答える。

千珠咲長ちずさちょうのベースは誰も知らないよ。ジャパニーズベースにしては背が高くて均整の取れた体つきをしているし、かといってアメリカンでもブリティッシュでもない。僕はベースがアメリカンだけど千珠咲長ちずさちょうのような考えは持ち合わせてないし、あまりにも違いすぎるからね。グレゴワール局長はさっき言った通り中身はブリティッシュとイタリアン。似た所もあるように見えるけど、グレゴワール局長よりずっと千珠咲長ちずさちょうの方が大雑把だし、他のベースのどれとも合わないんだよ、基本的な根本の部分がね。だから、別に君がジャパニーズベースだからここに呼ばれたってわけじゃないよ」

 ほのかはただベースを聞いただけで自分の考えをずばりと言い当てたウォールに驚きの瞳を向けた。

 ウォールはそんなほのかの様子に口の端を少し持ち上げて笑い、そういえばと思い出したようにほのかに言う。

「あと少しで目的地に着くけど、そこでは僕をウォールとかジョナサンとか名前で呼ばないでね。あの場所では僕はWって呼ばれてるからそう呼んで。千珠咲長ちずさちょうはそのまま千珠咲長ちずさちょうで良いけど、今から行く場所にいる他の館員も全てアルファベットが割り当てられているから決して名前で呼ばないようにね。もちろん君自身が名乗るのも禁止」

「アルファベットって、せっかく名前があるのに」

「まぁ、理由は働けば嫌でも分かることだけど、君が僕たちをあの場所で名前で呼ぶことは、君ではなく僕たちの方に迷惑がかかるから絶対にしないこと。これから勤める勤めないは別にして、あの場所に入った時点でそれは君がやらなければならない義務だからね」

 あまりに強い口調で言ってくるので頷きはしたが、それをしなければいけない理由を聞いていないほのかがどうしてと聞こうと口を開きかけた瞬間、目の前がまぶしく輝き最後の扉をくぐった。

「ご苦労さん」

 ウォールが食事をしていた部屋で響き渡ったのと同じ声が聞こえ、まぶしさに閉じていた瞳を薄く開ければ、燃えるように紅く長い、くせっ毛の髪をなびかせはるか高く積み上げられた本の間から女性が現れた。

 スレンダーでありながらも出る所は出て、しまる所は引き締まっている自分よりもずっとプロポーションの良い女性が映りこむ。

「この人がさっきから話題の千珠咲ちずささん。君が契約すれば君の上司であり絶対的存在となる人だよ」

「その言い方ではまるで私が全てを牛耳っている極悪人に聞こえるな。新人がびびって逃げ出すぞ」

 ウォールの言葉に少し堪え笑いをしながらそういって、積み上げられた本の上に腰を下ろし、ウォールから書類を受け取った。

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