ほのかはまさかと思いつつもう一度案内書にある担当者の顔写真を見てみる。人当たりのよさそうなにこやかな笑顔の写真だったが、そこに写る大きな眼鏡とブラウンの巻き毛は、目の前の人物とよく似ていた。

 ふらつきながらやってくるその人影は何度か壁にもたれ掛って一休みしてはこちらにやってくる。

 このまま待っていても良いが、それでは日が暮れてしまいそうに思ったほのかは立ち上がって大きな荷物を抱え、ふらつく人物まで歩いていった。

「あの、もしかして担当者のジョナサン・ウォールさんですか?」

「そういう君は遠矢とおやほのかさんですね? 待ち合わせから随分時間がたってしまって申し訳ない。これでも急いだ方なので許してください」

「いえ、乗ってきた船が少し遅れてしまって。それにグレゴワール局長が待っていればいいといってくださったので」

 ウォールは仄の口からグレゴワールの名が出ると見る間にびくりと体を揺らし、少々低い声色でほのかに何もされなかったかと尋ねてきた。

 困っていたところを助けてもらってそれ以外には何もないというとほっとしたように肩を撫で下ろし大きな息を吐く。

 その様子にほのかがどうかしたのかと聞けばウォールは「あれは見た目はブリティッシュのようだけど、中身はイタリアンだからね」と言って、仄の大きなスーツケースを軽々と持って歩きはじめた。

「ここはロビーでお客様も多くいらっしゃいますので詳しい話は奥でやりましょう」

「荷物重くないですか? さっきまでふらふらだった人に持ってもらうのはなんだか」

「あぁ、気にしなくて良いですよ。ちょっとお腹が空いていて、ここに来る前にドールに食事を部屋に運ぶように言っておいたんで、今から食事だと思うとこれくらいなんてこと無い」

 ほのかは言動や行動があまりにも普通ではなく、ウォールと言う人はかなりの変わり者かもしれないと少し離れて後ろをついていく。

 表のロビーから小さな通路を通って「関係者以外立ち入り禁止」表示の向こう側にやってくれば、長い廊下の左右に等間隔で同じようなドアが並んでいる場所に来た。

 番号や目印になるものなど何も無い、全て同じに見えるドアだが、右側奥から3番目の部屋に躊躇なく入っていくウォール。慌ててほのかはついていく。

 ドアを通過する際に体がしびれるような感覚があり立ち止まって周りを見たがこれといった変化は無く、首をかしげながらほのかは部屋の中に入って後ろ手にドアを閉めた。

 普通ならぱたんと小さくてもドアの閉まる音がするはずが、自分の背中からは何の音も聞こえてこない。

 ちゃんと閉めたかどうか確かめようと振り返ってみればそこにあるはずのドアは無く、真っ白な壁が迫るように聳え立っている。

「あ、あれ、ドアが」

 驚き壁に手をついてドアを探しているほのかにウォールは小さく歯の間から息を漏らすように笑って、食事が沢山用意されているテーブルに面しているソファーに座るよう促した。

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