部屋はそれほど大きくなく、テーブルが1つにそれを囲むようにソファーが3つ。窓は一切無く出入り口も何もなくなった今は密室状態。

 人を馬鹿にしたような嫌な笑いを浮かべるウォールに少々気分を害しながらも、ほのかは状況の分からない今は言われた通りにするしかないとソファーに腰を下ろした。

 ソファーに座れば説明が始まるのかと思っていたが、ウォールはまずは食事といわんばかりに目の前にある料理を見事な速さで平らげていく。

 暫くはあっけに取られてその様子を眺めていたほのかだったが、館内に響く閉館のメロディーにはっとして、少し口調を強めてウォールに説明はまだなのかと催促した。

「そんなに急ぐことでもないんだけど、せっかちだね、君は。あと少しで食べ終わるからそれまでこれを見て、了承した上で下のところにサインしといてよ」

 そういって無造作に腰の辺りからしわくちゃの紙を取り出してほのかに渡す。

 ほのかは眉間に皺を寄せ受け取ってソファーの開いている部分で紙の皺を伸ばして声に出さずに文章を読み始めた。

(秘密厳守であり、仕事の内容、また日々の出来事について部内以外、外界者、館内者にも漏らすことを禁ずる。またそのほかの事項全てをここに契約とし、全ての権限は千珠咲ちずさに譲渡される。この契約書をもって、貴殿は由緒正しきトラスパレンツァ図書館の図書館員となることとする。……権限が譲渡される? それって私の全てが他人のものになるってことじゃないのかしら?)

 渡された紙の内容にますます眉間の皺を深く刻んだほのか

 ちらりと視線を書類からウォールに移せば、大量の食事を平らげたウォールはこちらをじっと観察するような瞳で見ている。

 ほのかはテーブルの上を少し片付けて皺だらけの紙を置き聞いた。

「この内容、どういうことか説明してください。こんな漠然とした契約書聞いたことありません」

「へぇ、千珠咲長ちずさちょうの言ってた通りだ。ここの図書館員になれるからって気軽にサインはしないんだね。なかなか良い判断と注意力だ」

 ウォールは片方の口の端を引き上げて微笑み、ほのかは射る様な眼差しでそれを見る。

「私は馬鹿にされるためにここに来たわけではありません。第3島出身だからと言っても、もう少し礼儀をもって接するべきではないですか?」

「第3島ね、確かにここに来たのは第3島からかもしれないが、君はもともと第7島で作られているだろう? 第3島民の生成は第8島と第11島だ」

「……私の全てをご存知だということですか?」

「さぁ、全てかどうかは僕が知るところじゃないからね、ただ、ここで一緒に働くヤツの案内担当である僕が知らなければならないことは知っているよ」

「そうですか。確かに私は戦闘要員生成島である第7島の生まれです。でも、そこで不要とされて第3島に流された。第3島の人たちはとても優しく私を迎え入れてくれましたし、娘のように可愛がってくださいましたが、第3島外民には『第3島の為に第8島で作られた者の方がよっぽど優秀、流され者は流され者だ』そういわれ馬鹿にされ続けました。散々いわれたのだから慣れるだろう、なんてそんなことありえません。嫌なものは嫌です。もし貴方がそのような理由で私を馬鹿にするのであれば私は図書館員を辞退します」

 自分をまっすぐに見つめ、今にも食って掛かってきそうな勢いのある口調に少々瞳を丸くしてウォールが驚いていると、「だから言っただろう」とどこからとも無く声がした。

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