第23話
胡蝶の言葉に誰もが言葉を失った。
「カラクリまでは詳しく知らねえよ。ただな、あの武器は人を壊す。拳銃や刀で人を殺す経験、或いはドラッグよりも遥かに人を壊すことができるって訳だ」
「……つまりどうすりゃいいんだよ! あれは、あれはなんなんだよ!」
「あれは災害だよ。副作用だが災害だ。白夜の、この世界に対する怒りみたいなもんが魔力によって具現化した。あのタールみてえな魔力が世界の全てを塗り替えるまでは止まらない。いや、塗り替えても止まるかどうかは謎だな」
世界を塗り替えて破壊する災害。
もし対処する術があるとすれば――。
「白夜の心の〈問題〉を解決することだろうな」
「〈問題〉……?」
「そうだ。白夜の人間としての強い執着。それを利用して精神面を回復させれば災害化を解除できるかも知れないだろうな」
灰の言葉は正しい。
だが一方で問題なのは、白夜のその心の欠陥を見抜けるか、と言うことだ。まあ、もっとも。
「……人間、いらないいらないと言うものほど求めてるものだがな」
胡蝶は面白くなさそうにそう告げた。気紛れな自分がこの作戦で実に面白くない役割を背負わねばならないのが分かっているからだ。
「で、でも、どうやってそんなことするの? 全然検討もつかないんだけど」
「……コアに直接ダイブする。あれは紛れもない、白夜の魂と奥深くで繋がってる。お前らも見ただろ? コアを持って佇む女神を」
黒い光が作り出した女神の手の中で黒く淀んだコアは確かに輝いていた。なるほど、確かにそうだ。
「けどあそこまでどうやっていくんだよ! あいつ、容赦なく斬り込んでくるし敵はバタバタと来るし」
「簡単だ。唯一白夜が想ってる愛野 鈴音にいってもらえばいい。どうやら特別らしいしな」
「…………え? 私?」
鈴音は自分を指差して首をかしげた。
「ああ。ミス愛野への白夜くんの執着は正直、常軌を逸している。その理由がなんであれ、君だけが心に踏み込む権利を持っていると言うことだ。誇りたまえ。心に踏みいって良いと想わせるのは、君の人となりが全てなのだから」
誉められて思わず頬が熱くなった。慣れていないわけではないけれど、白夜の心に立ち入れるほどに絆されてくれていたのだと思うと、自然に頬が熱くなる。
「今はあの異界自体を全く別の世界にすべく完全に封じてるがそれも長くは持たない。死にたくなければ死ぬ気で戦うしかない、そう言うことだ」
異界を覆うのは胡蝶の結界だ。それもミシミシと音をたてて軋んでいるのが胡蝶だからこそ分かる。そして放たれればあのタールは瞬く間に地表を覆い始めるだろう。
あれは、光なのだから。
つまり早期決戦早期解決が求められると言うことだ。そしてその全ては鈴音にかかっている。
「言っとくが、手遅れになるようならオレはコアを壊してあいつもろとも殺すからな。そのつもりでいろ」
それは胡蝶なりの、譲歩でもある。
本当なら一撃で殺害したいほどだ。けれどもそうはしない。胡蝶と白夜は友達だ。友だと言ったその日から、別れを告げられるその日まで、距離があろうと道を別とうと、確かに友達だ。
その友の命ためなら一度くらい、主義を曲げるのも安いものだ。
もっともそれを理解してもらおうとは思わないので黙って酷く接するが。
「作戦は至って簡単だ。鈴音は千夏と響を連れて前線まで行け。千夏は道を拓け。響は鈴音の補佐だ。恐らくは最深部で白夜の影が待ち構えてるだろうな。それと戦うのがお前たち三人だ」
「アタシは?」
「紅 輝夜には別途やってもらうことがある」
胡蝶の言葉に紅は首をかしげた。
ミシリ、と軋む音が大きく響いた。一同は外に出る。普通の景色であるはずなのに、一点だけ、あからさまに膨張レンズで見たように歪んでいた。
「ああ、そうだ、ひとつ」
「なんだよ!!」
「…………ヴァルハライドは天寿と同じだ。何故戦い、何故ここにいて、何故生きていくのかを、強い渇望で本来の力を取り出せる。白夜が強いのはそのせいだ。なあ、愛野 鈴音。目標を失った人斬りは、今、なんのために剣を振るうんだ?」
胡蝶の問いかけに何もかも見透かされたような心地になった。ただ淡々と事実を告げただけの少女は亀裂から吹き出したタールのような光に飲まれてすぐに姿が見えなくなった。なにかを尋ねようとした口をしっかりと一の字に結んで鈴音は刀を取り出した。
即座に紅のメスが光を切り刻み、視界は黒から先ほど離脱してきたあの恐ろしい空間へと変わる。
……いや、違う。
「……こ、こは?」
「二時間だぞ、たった二時間でこれを具現化させたのか? アイツは」
深い、山の中だった。鈴音もよく知る、蓮角の山だ。何故その中なのか。そもそもどうしてこうなっているのか。
「胡蝶。狼狽えている暇はない。私の予測が正しければこれは恐らく彼が紅 輝夜を狩った夜だ」
「……なるほど。確かにあの日オレとお前はこの山の中……ここで白夜の元に急いでたな」
「あの日の白夜は様子が変だった。念には念を、と私と胡蝶が派遣されたはずだ」
紅 輝夜は古都で最も優れた技術者だ。帝都はそこに漬け込んだ紅捕縛作戦、通称
が、異変は胡蝶達がここに辿り着いてから三十分程後に発生する。
「不知火 白夜は命令違反をお越し、街を焼き討ちにし、その後に紅 輝夜を殺害。この被害をもって古都側からの停戦が申し込まれたっつー訳だ」
「ああ。だがあの日と今日は違う。今日は白夜くんの行動が分かっているし、地の利があるからな」
「と言うと?」
胡蝶がクルリと指先で杖を回した。
さっきからちょいちょい出てくるそれは魔法少女ものの杖のような見た目だ。あまりにもファンシーでこのボーイッシュガールにはおおよそ似合わない。
「白夜はこの時間、市街地を徘徊したと言っていた」
「……ここから市街地まで一時間はかかるぞ」
「五キロ位か。なら誤差の範囲だな」
三人は首をかしげる。
五キロが誤差と言うともうそれは全部許されるのではないだろうか。というか多分許される。
そんな反応に悪戯っ子のように思わず顔がにやけた。
「勿論、現実世界で五キロが誤差っつったら怒られるだろうな。がさつなオレでも怒る。ところでお前ら、地図ってみたことあるか?」
「地図??」
「地図は手のひらの上に世界を再現するために縮小されてる。結果、例えば三十センチ先にいようがここにいようが、地図上ではほとんど重なった点――誤差の内、だろ?」
縮小することで細かい概念は少しずつ疎かになっていく。視野が広くなると言うのは細部が見辛くなる、と言うことだ。
「そう言う風に少しずつ視点を広げてくんだ。高くしていって、地球全てが視界に収まったその時――五キロ程度、誤差になるだろ?」
ゾクリ、と背筋が冷えた。
魔法は妄想を現実にする力だと聞いたことがある。
勿論、それが事実ではないだろう。だが一方で、不可能を可能にするのは『事実』なのだ。感覚さえ掴めれば、魔法で再現できないことはない。噂に寄れば、ある科学者が言ったそうだ。
『理論的な魔法師は科学者と言われ、感覚的な科学者は魔法師と呼ばれる。感覚と理論と、どちらから責めるかが違うだけでこの二つはどちらも自己の際限に挑むろくでなしが多い』と。
つまり何が言いたいか。
魔法師はたいてい、マッドサイエンティストのようなものだと言うことだ。彼らは感覚を、理論のように語るのだ。
「っつー訳で、一丁
地面に五芒星を黄金に煌めく光で書くとそれを杖で抑えつけた。魔力――この世界に満ちる、生命の源の力が彼女の周囲で可視化する。青に煌めく蝶の羽ばたくその姿は、あまりにも幻想的だった。
「“――大いなる星の力――円環し循環せよ――そして正しく均一に拡散せよ――視点は遥か彼方に――宇宙を望む巨人の視点で私は世界を望む”」
その瞬間、内蔵が下がるような感覚が走って、視点が、存在が少しずつ上昇していく。
世界そのものが足元に縮小され、胡蝶の説明した“感覚”を意図的に理解させられる。百聞は一見に如かず、とでも言えばいいのか。
青い青い星が足元に広がっている。
人間など些細で視認できないベクトルの視点。そんなものではもう、建物の有無すらただの誤差なのだ。
すぐに視界が切り替わった。一瞬見えた幻視が彼女の言う子供騙しだと言うわけだ。一同は暗く落ちた市街地へと移動していた……させられていた、と言うべきなのかもしれない。
「っ、くそ、ビジョンなんて見せるんじゃなかった……」
「こ、胡蝶さん!? 脂汗がスゴいですよ? お水はいりますか? わ、私が口をつけたものでよければ」
「…………いや、いい、なんかやばい気がするわ」
響に差し出されたペットボトルを遠慮して胡蝶は立ち上がる。額に浮かぶ大粒の汗は彼女の疲労を視覚的に表していた。だがそんなものに構っている暇はないようで。
「……いるな」
「よし、作戦決行だ。オレと灰、それに紅はここに残る。お前たちはもういけ」
「でも」
胡蝶は琥珀の瞳を持ち上げた。そして最後の通告を口にする。
「時間がない。この遊戯はあと三十分しか持たないんだ」
その言葉に鈴音は後ろ髪を引かれつつも、走り出さずにはいられなかった。
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