【悲報】魔王さん、勇者のことを覚えていない

それほどかからない内に、

空を飛び回っていた魔王を発見する勇者天我てんが


どうやら向こうも

勇者を探していたようだ。


勇者、というよりは、

今回の天変地異の犯人を探していた、

そう言った方が正しいのだが。


「貴様が新しい勇者か?」


「ん?

俺は、会うのは二回目なんだけどな……

まぁ、そりゃ俺だけか」


「これをやったのは貴様かっ!?」 


「どうだい?

さっぱりしていい感じだろ?」


「なんということをっ! 

貴様、外道かっ!?


この世界を海に沈めるなどとは!

危うく溺れるところだったではないかっ!」


「おっさん、もしかして泳げないの?


だせぇっー!超ウケるんだけど


まぁそりゃ、そんな重そうな鎧付けてたら

泳げないのも当たり前かぁ」


「どうすんの、おっさん?


もうこの先ずっと

空飛んでるしかないよ?

もう地上はないんだから


そんなずっと

空とか飛び続けられるの?」


挑発に見せかけて

時間稼ぎをしていたが、

すでに準備は整った。


この異世界を何度もリセットして、

勇者には知見がたまる一方だが、

魔王は前回、前々回のことを一切覚えていない。


つまり、一度成功した奇襲は

いつまでも初めて見る奇襲のままであり続ける。


そして、初手核は何回繰り返しても、

魔王に対策されることはない。


それが、この先何度魔王と対戦しても

勇者が全勝無敗であった理由に他ならない。



頭上に迫る黒い影を察知した魔王は

空を見上げる。


空に浮かぶ紋様から

突出している

巨大な流線形の白い物体。


魔王にはそれが何かは分からないが、

それが攻撃なのだろうということは分かる。


「貴様、とち狂ったか?


いくらあれほど大きいとは言え

この程度のスピードで

私に当てられると

本気で思っているのか?」


いくら落下速度が

加速しているとは言っても、

魔王の素早さをもってすれば

そんな物をかわすのは造作もない。


「まぁ、そう思うよね」


右手の中指と親指を擦って

パチンと音を鳴らす勇者。


「でも、あんたこそ、

もしかして頭おかしいのか?


なんで俺が、宙に浮いてると思ってんだ?」


それまで物理法則に従って、加速し続け

落下して来ていた核ミサイルが、

勇者の合図とともに

まるで光の矢の如き速度で

瞬時に魔王を捉えた。


その先端は魔王を押し潰して、

そのまま海中へと消える。


「重力を操ってんだよっ!」


勇者は重力操作の能力で、

この世界の重力を遥かに超える

重力場を生み出して

核ミサイルの落下速度を

極限まで高めたのだった。


それは超強力な磁石のようなもの。


海の底で起きる大爆発。

水柱が立ち昇り、大量の水蒸気、

尋常ではない飛沫が宙に撒き散らされる。


「この原始時代に

重力なんて概念があるのか、

よく分からないけどな」


  ――いやぁ!

  だから核ミサイルを

  必殺技扱いするのやめてぇー!


  ここ今海水しかないのに

  海洋汚染してどうすんのよっー!


千里眼で見ていたアリエーネは、

またしても慌てふためいていた。



魔王を倒して戻って来た天我に、

アリエーネは何か言いづらそうにしている。


「あのね、天我くん、

私気づいたんだけどね……


これ、結構いい作戦だとは思うんだけど……

かなりいい線いってる気はするんだけど……


一年後に海水を抜く方法がないよね?」


今のところ、他の世界から

様々な物質を転移で強奪する術はあっても、

その逆となる

他の世界に転移で送り込む術はない。


「…………。」

「…………。」


「……そ、そういや、そうだな、

よく気づいたな、クソババァ」


「一年分しか

食糧積んでないって言ってたよね?」


「……そ、そうだな」


「まぁ、一年の間に

何か方法を考えればいいんじゃねえかな」


これだけの海水を

水蒸気に変えて、水位を下げる、

そんな方法があったとしても、

それほど膨大な

エネルギー変換が行われれば

船団の人間も無事では済まないだろう。


「……これ私の独り言なんだけど


……バックアップデータが劣化するから、

リセットするなら

早い方がいいんじゃないかなぁ…。」


天我の方をチラチラ見ながら、

それなりに聞こえる大きさの声で

独り言をつぶやくアリエーネ。


「…………。」

「…………。」


「……天我くん、どう思う?

リセットした方が、いいのかな?」


「……そうだな」


「…………。」


結局、今回もまた

リセットされることになった異世界。



  ――女神としては、

  口が裂けても言葉には出来ないけれど


  天我くんのアイデアは

  それほど悪いものではないわ


  おそらく、ここまでのすべて

  絶滅しそうになったとされる

  人類史における未曾有の危機を

  参考にしているのだろうけど


  もし神々があの世界を救うことを諦めて

  完全に放棄するということになれば


  あの世界はまっさらにされて

  人間も魔族も、魔王すらも含めて

  すべての生命がなかったことにされる


  天我くんはその考え方に近い



  ――実際のところ、

  このままでは人間達は魔族達に

  絶滅させられてしまう訳だし


  種としての人類を残す為に

  全体の何割かの人間を一時避難させて

  あの世界ごと破壊して

  新たに再生させる


  神々による完全リスタートよりは

  むしろマシなのかもしれない……



  ――それに、もし正攻法で

  勇者が仲間を集めて

  人間軍を率いて戦ったとしても、

  今いる人間の半数以上は

  確実に死ぬでしょうし……


  それで勝てる確率もかなり低い

  それぐらいに戦力差があるのだから……


  そうなると何割かの人間を救って

  あの世界そのものは一度壊した方が

  種としての人類の為になり、

  理に叶っているとすら思える……


  人間という種を存続させる為には

  多少の犠牲はやむを得ない……


  女神の立場としては、建前上、

  絶対にそんなことは

  口に出して言えないのだけれど……



  ――実際にあの子、もう三度も

  魔王を倒していることになるのよね……


  人間達の被害さえ

  考えなければ、だけど……





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