【悲報】勇者さん、早速やらかしてしまう

もうじき滅びようとしている世界。


それでも、その日に限って

空は澄み、晴れ渡って、

どこまでも青が広がっている。

まるで尽きることなく

無限であるかのように。


勇者となって転生した天我てんがは、

その空をじっと見上げていた。


「一日居ただけで、この世界が、

クソみたいな酷いとこだというのは、

よく分かった……


だがそれでも、

俺が居た世界よりも

美しい光景があるということは

認めてやってもいいだろう……


さすが文明に毒されていない

原始時代だな」


天我はめいいっぱい広げた掌を

空に向かって突き出した。


「よく晴れた、

天気のいい日だ


――この世界の終焉に相応しい


こんな空の青い日は

まさしくミサイル日和だな……」


転移強奪てんいごうだつ



青い空に浮かび上がる巨大な紋様。


かなりの高度に描かれているはずなのに、

それでも遠く小さくは見えない。

それだけ大きいサイズだということでもある。


地上の人間達は空を見上げ、

魔族や魔物達もまた、同じく空を見上げた。


死は、

空に浮かぶ紋様を見上げたすべての生命に、

等しく、平等に降り注いだ。



白く長い流線形の突起が

紋様の中から徐々に姿を現す。


巨大な紋様は

あちらの人間世界と

ここ異世界を繋ぐゲート。


人間世界の物質が

この異世界に召還されているのだ。


巨大なミサイルが

高空から加速度を増して

真っ直ぐに落下、瞬く間に

この世界の地上と衝突を果たす。


大爆発を起こすと、

地上にあったすべてのものが、

刹那の内に業火の中に消えて行く。


すべてを焼き尽くし

灼熱の業火を生み出す、

人類がつくりし最強兵器、

そしておそらくは最凶兵器。


巨大なキノコ雲が

天にも届きそうな勢いで

超高度まで上り広がって行く。


爆心地の半径十キロメートルには

全く何も残らない。


無慈悲にも、非情にも

この世界の上空には

次々と紋様が浮かび上がり、

この世界の至るところに

核ミサイルの雨が降り注いだ。


その後は

大気中に舞い上がった粉塵が

黒い雨となって降り続いていく。


青い空はもうこの世界のどこにもなく、

未来永劫二度と取り戻すことも出来ない。



「やっぱ、

恐竜よりスゲエ竜だけあんな、

まだ生きてんのかよ」


この世界のすべての生命が死滅した、

そう勇者である天我は思っていたが、

最後に不死身のドラゴンだけが

瀕死の状態でまだ生き残っていた。


「よっしゃっ、

もう一発いっとくか


さすがに、あれが直撃すりゃ

死ぬだろ」


すでに黒く埋め尽くされた空に

浮かび上がるゲートの紋様。


『ちょっと!ちょっと!

勇者さん!勇者さん!

至急戻って来てくださいっ!至急!至急!』


ようやくこの世界の異変に気付いたアリエーネ、


――掛け持ちで沢山の世界を監視しているので、

気づくのが遅れてしまったのだが


転生の間につながるゲートを開いて

勇者を呼び戻した。



「ふざんなよっ!クソババァ!

もう少しでミッションクリアだったのによっ!」


「ちょっと!天我くん!

あなた何してるのっ!

何してるか分かってるのっ!?」


二人の声はまったく同時に発せられたが、

どん引きしたのはアリエーネで間違いない。


  ――えっ!? エェッ!?

  どういうこと!?


  なんでこの子怒ってるのっ!?

  逆ギレしてんのっ!?


女神であるにも関わらず

アリエーネは恐怖さえ覚え戦慄する。


怒っているということは、

罪の意識がまったくない

ということに他ならないからだ。


「ちょっと、

これは一体どういうことなの?」


落ち着いてアリエーネは

天我の真意を問う。


「しかし、あの能力スゲエな」


「昨夜、風呂に入る時、

ババァが言ってたこと

思い出したんだよなぁ


『銭湯でも転移させられるんじゃねえか』っての


それ出来るなら

この能力で核ミサイルも出せんじゃね?


核ミサイル転移させて落とせば、

すぐ終わんじゃね?


まぁ、そう思った訳だ」


  ――えっ!? 

  ちょっと待って!?


  これ、あたしのせいってこと?

  あたしの余計な一言が原因でこうなった

  みたいな流れ?


  ――そもそも、あれって、

  『転移強奪てんいごうだつ』って

  そんなことも出来るの?


禁忌の能力というのは伊達ではない。

誤った能力の使い方をして

滅んだ異世界は数知れない。


「そんで、他の能力調べてみたら、

バリアみたいなシールドとか

放射能耐性とか高熱耐性とかもあるし


よく分かんねえけど、

いろいろ能力とかスキル使えば

いけんじゃね?ってなった訳よ


やっぱり俺は

なんともないみたいだな」


「……だ、だからって、

あんなことしちゃダメじゃない」


もはや困惑しているのはアリエーネの方で

何がどうなったら、

こんなことをやらかせるのか

理解出来ないでいる。


「魔王とか、魔族とか、魔物とか、

まぁ、よく分かんねえけど

とにかくそんな奴等を倒しゃいいんだろ?

手取り早くていいじゃねえか」


そもそも、

よく分からない奴にやらせているのが、

根本的にダメなのではないだろうか。


「でもあんなことしたから、

あの世界が滅んでしまったじゃあないの」


もう頭の中パンクしそうなアリエーネは

怒ることすら出来ずに涙目になっている。


「さすがに、

世界を、人類を滅ぼしちゃうのはダメよ」


「おい、クソババァ

そういう大事なことは最初に言えよ」


「なんではじめから言っとかねえんだよ、

クソがっ!


人類滅ぼしちゃダメとか

聞いてねえし! 最初から言えし!」


  ――いや、それ普通に分かるからっ!

  そんなこと言わなくても!


  むしろこんなことする方が

  普通じゃないんだからねっ!


  むしろこんなことやらかすなんて

  思ってもみなかったわよっ!


  なんで逆ギレしてんのよ!

  キレたいのはこっちなんですからねっ!


さすがに女神として

アリエーネは自重したが、

ストレスは半端ない。


  ――前任者が失踪したのって

  こういったストレスからなのかしら?


「とりあえず、

今回のはリセットして

元の状態に戻しますから」


「なんだよ、

最初からやり直しかよ

ふざんなよ、クソババァ」


「よかったわ、

万一のことを考えて、

あの異世界のデータ、

バックアップ取っておいて」


  ――まったく、

  なんなのよ、この子は……


  異世界転生のお約束が

  まったく通用しないんだもの


  初手核とか、普通有り得る!?


  目的しか伝えてなかったから

  手段を選ばないで、

  効率良く最短で

  目的を達成出来る手段を選んだってこと?


  まるでゲーム感覚みたいなんだけど

  この子はゲームとかやらないし……


  ゲームと言っても、画面じゃなくて

  スポーツ競技の方のゲームなのかしら


  トップアスリート達の

  さらにその中で

  頂点に立ちたいと思い続けて来た

  超強気で負けず嫌いという強靭なメンタル


  それが、目的の為なら手段を選ばない、

  非情で歪な彼の精神構造を

  つくり上げたのかもしれないわ



天我をあの極悪な世界に転生させる

この計画の立案者、

その主犯である神が誰なのか

アリエーネにすら

それは分かっていなかったが、


それでも、今回のことで

その意味は少し分かったような気がした。


  ――どうせ救えない世界ならば

  徹底的にやらせてみよう、

  そういうこと、なのかしら?


  正解に辿り着くまで

  何度でもやり直せと、

  そういうこと?




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