【突然の依頼その7】

「……」


そしてふと思った。

初めは関わりたくないからと距離を取っていたカイン含めるハーレム軍団だが、これは本当にほっといてもいいのかと。


「ヴィットさん?」


アイツは確かに凄く強い。魔法の才もこの街で随一で将来はSランク冒険者になれるんじゃないかと噂されている。……本人にその気があるかどうか知らないが、そんなアイツにも弱点がある。


ハーレムメンバーに危機が迫ってしまうと、どうしてもそっちに優先してしまう。もし敵が女性陣を狙いカインの奴が護衛対象への守りを緩めて……それが原因で殺されてしまったら。


「ヴィットさん? ヴィットさーーん?」

「うん、聞こえてるからリアナちゃん。耳元で呼びかけなくていいからね?」


リアナちゃんが小首を傾げてるけど、それどころではないよね、これは。

あの通信機に残っていた情報を調べた限り、敵はかなり荒っぽいやり方をしてくる。その過程で護衛しているカイン……というか女性陣たちが危ういかもしれない。魔法使いもいるようだから、たぶん大丈夫かもしれないが、失敗した時のことを考えると少々不安が残る。


大問題になるかもしれないし、ヘタしたら罪に問われるかも。貴族達はそこの辺りにかなり煩い。少しのミスでも何かと理由を付けてくるんだ。

俺は殆ど接点はなかったが、カインの奴は強くて周りに美少女ばかり連れている上平民育ち。学園に入る前からよく冒険者の依頼関係などで、同じ冒険者や貴族などから因縁を突き付けられていた。


しかも遠慮しないタイプなのでその度に返り討ちにしていた。女性陣の中には偉い貴族の令嬢も混ざっていたから、罪には問われなかった。というか逆にキレてしまった女性陣たちが圧力かけて、狙ってきた貴族を潰して……いたとか、なんかあったけど、俺もカインも当然知りません。知らないと言ったら知らないっ!


カインもこの街では有名人なったが、本人はあくまで普通の庶民だ。実力も付いた今でも貴族との関係はあまり良くなく、学園でも度々難癖付けられている。と以前相談を受けたことがあった。

これだけの要素を考えれば、ミスった時のリスクは回避しないとだが、どうやって大人しくしてもらうかだな、問題は。


と言っても……直接言いに行くわけにはいかない。行ったところで騒ぎになってアウトだろう。


「……」

「? ……なんですか?」


……となると、ここでリアナちゃんに頼んで、カインたちを抑えてもらった方がいいかもしれない。他人に聞かれても面倒なので彼女だけに聞こえるように、顔を近付けて耳元で頼んでみる。


その際、リアナちゃんの頰がピクっと反応したが、俺は気付いていない。


「もうじき他の警備の人も来る。リアナちゃんはカインと一緒に対象の側にいてくれ。その方が俺も安心だ」

「……それは構いませんが、ヴィットさんは?」

「実は既に1人は捕まえてる。情報が確かならもう1人いてそろそろ仕掛けてくる。だからその前に見つけて警備の人と一緒に取り押さえたい。リアナちゃんはその間、カインたちが動かないようにそれとなく抑えといて」


これ以上隠してもしょうがないと一通り話しておく。終えてフロアの外に出ようと歩き出すが、その行動をリアナちゃんからの袖掴みによって止められてしまう。


「でも、私は……」


服のふちを掴んだまま、顔を上げて俺を見るリアナちゃん。心配そうな表情と決意の色を混ぜた顔に俺は困ったような笑みで慰めるように彼女の頭を撫でる。その上でしっかり釘を刺しておいた。


「ダメだよ。ここから先は、たとえリアナちゃんのお願いでもダメ」

「っ、どうしてもですか……?」

「大人しく、カインの側にいるんだ」


本当は手伝いたいリアナちゃんであるが、それを危険だと俺は許さない。元々荒っぽいことを苦手な彼女だ。何故上位の冒険者であるカインたちのチームに入っているのかというと……


『う、ひっく……! も、もう、ぜったい傷つけさせないからっ! わたしがヴィットお兄ちゃんを、守るから……! だから……!』


───側にいてっ!! 何処にも行かないでっ!!


あの日、死にかけた俺に臆病で嫌っていた筈の彼女はずっと付き添ってくれた。衝撃なことが多々あり自分のことで手一杯だったのに。


そして変わろうと彼女は動き出した。あの頃から苦手としていた攻撃魔法を必死に覚えて、それとなくカインや俺から組手などの手習いを受けてきた。実戦での実力はまだまだであるが、あの時の彼女からしたら驚くべき成長である。冒険者ランクもDランクで、あと少しでCランクに上がれるほどだ。


だがそれでも頼まない。どれほど彼女が強く願い思っていても、彼女を自分と同じ場所に立たせなくなかった。


───コツ……コツ……


なぜならそう告げている俺の耳に、先程までは聞こえなかった。刃のように研ぎ澄まされた悪意の足音が……遠い廊下の先から届いていた。


まだ微かであるが聞こえている、危険な音だ。さっきの男以上の強い悪意を感じ取れる。恐らくこちらがメインだ。濃密された殺意の抱いた相手では、どう考えても実戦を苦手なリアナちゃんには厳し過ぎる。


「……わかりました」

「悪いね」


目で念押しするとやっと折れてくれた。小さく謝罪して再び皆がいるフロアから出た俺は、近付いている悪意の方へ駆け出していった。




「……」


そんな彼の後ろ姿を眺めているリアナは、不満そうに、そして不安げな瞳で不承不承であるも彼の言われた通り、兄がいる場所まで戻っていった。





危険度Bランクの殺し屋“剣殺”は標的がいるフロアに歩く中、どう斬り刻むか想像していた。


(やはり首は綺麗に斬らねば美しさが欠けるな。四肢はどうするか? 細切れも悪くないが……)


生き物を斬ることに、常に美学を求めている剣殺。たとえ相手がか弱い子供や手こずるであろう強敵であっても、このやり方だけは決して曲げない。殺しの中でのみ彼は自身の剣が輝くのだと信じ込んでいる。そこにどんな苦難があろうと必ず成し遂げようとする。今から向かうところにも邪魔者が沢山いるであろうが、彼は迷いはしない。


カインを含むパーティーと到着しているであろうアーバン率いる警備隊が立ち塞がっても、剣殺は斬り裂き突き進んでみせる自信があった。

今までの仕事でもまとめて斬り裂いていくなど、何度もあった。中には厄介な相手もいたが、自身の剣技と魔法を駆使して薙ぎ払い続けた。


そして付いた二つ名は“剣殺”

ひたすら剣で人や魔物を斬り刻み、そこに死を残していくことから付けられた。


「で……何者かな? ぬしは」

「なんでもない、ただの低ランク冒険者だ」


だからこうして行く先を阻むように前に立っているヴィットを見ても、持っている杖を捨てながら剣殺は動揺しない。懐から刃渡り20センチはあるサバイバルナイフを取り出した。


「纏えよ雷」


短な詠唱でナイフの刃に雷属性を付与させる。……黄色の電光が刃に帯びていた。魔法師である剣殺は慣れた手つきで、雷を付与させているナイフを片手でクルクルと回して、自然に立ち塞がるヴィットに近付いていた。


ナイフを持っていながらも殺気はなく、自然な歩行と共に近付いたところで……。


「邪魔だ、失せよ」


迷いのない手捌きで首元を斬り裂く横の一閃。

ナイフに纏わせていた小さな電光が軌跡となって、ヴィットの首元を走らせた。


───ように見えた。


「なに?」

「っと、危ないな」


軌跡を起きても血しぶきは起きない。不意打ちとも言えるナイフの一閃であったが、ヴィットはそれを上体を少し退げるだけで躱してみせた。

大半の者なら殺気もない、落ち着いている剣殺の雰囲気に呑まれて、呆然としたまま討ち取られていたであろう。


「怖いなー」


だが、彼は違っていた。剣殺のように殺気を出さず、何気ない動作で懐からチョークサイズの小さなナイフを数本持ち。


迷いなく投げナイフとして放ち、剣殺の四肢の関節部を狙いにいった。


「──っ! ふっ!」


虚を突かれたよう四撃であったが、ほんの少し遅れはあるも剣殺は持っているナイフですべて叩き落とした。


「……ぬしは」


僅かばかりに驚きの瞳をして、剣殺はヴィットの動きを窺うように見る。この少しの交戦だけで目の前の邪魔者を、ただの邪魔者ではないと改めた。


「なるほどな。おまえが二つ名持ちか」


そしてヴィットもまた、この数手で相手の力量をだいたい掴めていた。

“アナライズ”を使い剣殺を捕捉して、素手で構えを取ると告げた。


「もう一人の男は魔法師じゃなかったんだが、そうかそっちは魔力持ちでもあったか」


別段、残念そうにも嬉しそうにもない声音で、彼は口にすると体内の煌気を身体中に巡らせていった。

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