【突然の依頼その6】

「く……どこだ!?」


もう1人の暗殺者を探して、護衛対象がいるフロアに戻って来ていた。


『ヴィット、どこいる? 何故殺し屋から離れた?』

「すいません! でもすぐに護衛対象の方に来てください! もう1人います!」

『なんだと!? オイ────』


その途中、返事がなかったアーバンさんから連絡がきたが、すぐに用件だけ告げて通信を切り、捜索に全力をあげていた。一応もう1人の暗殺者のことも話しておいたが、見つけてくれるかは正直怪しい。


「どこにいる?」


大勢の人の中で護衛対象が無事であることは確認できた。とりあえず周囲に目を配り、能力でもう1人の暗殺者を探し出してみる。

……だが。


「……いない」


能力で探っているが、まだここにはいない。ここではやらないのか?

別の場所でも探してみようか検討してみたが、俺は懐から先ほど調べていた男の通信機を取り出した。


「これで調べてみるか」


ふと思い付き先ほど会話以外の記録がないか、分析スキルの“アナライズ”で探ってみることにした。


……したのだが。



────会話履歴………………1件のみ。

さっき見つけた会話記録しか残っていなかった。


「使い捨ての通信機だったか」


冷静に考えれば同じ魔法使いであれば、俺のように記録を調べれることもできる。前もって記録を削除していたのか、それとももったいない考え方だが、使い捨てのマジックアイテムであったかもしれない。……マジックアイテムって高いんだけな。


まぁ、この場にまだいないのはほぼ間違いない以上、今のところは安心かもしれない。もう少しすればアーバンさん率いる、他の警備隊の人達も駆けつけてくる。警戒していれば、まず踏み込むのは困難となる筈なのだ。


だが、それを見て計画を変更する可能性もまだある。もしかしたらこの場は一旦退いて、次の機会を狙うかもしれない。


もしそうなると厳しいことになる。臨時である上、俺のような冒険者はいつまでも仕事を続ける訳ではない。普通に護衛期間はあるし、俺に至っては今夜だけだ。……帰った後に狙われたとしても責任は取れない。


「……仕方ない」


やはり見つけるしかないが、どうやって見つけるか。

見ていても一向に見つからないし、視界じゃ厳しいか? ここは一旦聴覚での探索に絞るか。


第六感も含めたすべての感覚強化のスキル────“カウンター・センス”


俺の能力は人や物の心を感じて届かせる異能だ。

先程までも視覚だけなく、他の器官でも探索していたが、広い館中では通常のやり方では厳しい。より音を拾えるように聴覚のみに能力を上乗せした。


感覚器官を一点に絞り、聴覚による範囲を広げ出した。


心の光と違い、音の種類は沢山存在している。特に対象が物などはなく、人であれば種類もさまざま。さっきまでの話し声はもちろん、呼吸音、足音などあり、見極めるための手段は大幅に広がってくる。


「っ……やっぱりキツイ」


……が、代わりに雑音も耳に入ってしまい、長く使っていると頭痛がするので加減が必要なのだ。まぁ、慣れているのでそこまで無茶をしないが、調整を狂わせるとかなり痛い。


……ところが。


「げっ!? ───っ!」


油断して頭に酷い痛みが走ってしまった。……く、しまった。

周囲に気を配りながら能力を使っていたが、避けていた、できれば遭遇したくなかった者達を見つけて集中が乱れてしまった。てか、タイミング悪いわ!


「カインさんこちらは魔力の異常ありません」

「索敵サンキューなルリ。……この辺りにはまだ怪しい者は居ないようです。ラウン・ディール様」

「そうかご苦労。助かるよカイン君」

「いえいえ、頼りになる仲間がいますから!」


なんでカイン達まで来てんの! なんでいんの? 分かれて館の中を警戒してるんじゃなかったのかっ!?


なんと親友(?)でもあるカインがパーティーと一緒にこのフロアにやって来て、よりにもよって館の主人と会話をしている。見た目だけは貴族の紳士にも見えなくもないカインの姿に、周りの女性達がうっとりとしているが、その度にカインのパーティー仲間の女性陣がキッと睨んで散らしていた。……どこの番犬隊だ? なんでアイツに寄ってくる女は、みんな一癖も二癖もある濃い連中なんだ。


つい捜索も忘れて呆れた眼差しでカインの女性陣を眺める。前から知ってはいるが、カインの周りにいる女性達には共通点があって、基本的に面倒な性格の者達ばかり、こんな場所でも隠れて牙を見せるあたり、近付きなくない理由でもある。……関わるとロクでもない目に遭いかねない。



───だからこそ、すぐに警戒して離れるべきであった。無意識にそこにいない彼女のことを俺は失念してしまっていた。


同時に自身の能力の欠点にも気付くべきであった。

悪意を含ませているであれば、たとえ知り合いでも気付けたであろうが、普段と変わらないままふいに近寄られた際、慣れているために気付けない時があることを。


「たく、カインもカインだ。少しは周りのことも「───ヴィットさん」っ───!?」


よく聞く声音に、心拍が大きく跳ね上がった。

突然背後から声をかけられ、緊張のあまり高い裏声で返事をしてしまった。……動揺しているのが丸分かりだよっ!


「っ」


とにかく逃げねばと考えて、後ろを振り返れずに一目散に離れようとする。


───が


「逃がしませんよ?」

「あっ」


ガシッと片腕を掴まれて移動を封じられてしまったッ!

さらに恐ろしいことに、掴んできた女性は両腕で抱えるように俺の腕を捕獲して────おうっ!? 


「な、七七七七七アナナナナナナナナナナナナナn」


こ、こりゃ、スヴァラシイィィィィ!?

現在私めの腕には、女性の最も柔らかな部位によって完全にロックされた状態である!! 身着した具合が神領域ッ! 私めの行動が完全に封じられてしまいもうしたッ!!!!


「むっ、逃げちゃダメ」


「あ、アハぁぁァァァァー」(昇・天・寸・前!!)


しかも、俺が逃げると思ったか、かなりの力で抱き締めてくるっ! 豊満な部分が餅のように変形して、俺の腕を捕らえて離さないィィィィ……!

一応下着を着けているようだが、腕から伝わる感触からは柔らかな軟体生物が暴れているようにしか感じなかった!!


マジで衝撃ですっ! こんな状況なのに感動ですっ! ……グスン、俺ってここで死ぬかもしれない!


こんな未知な生物、今まで相対したことなんてなかったぞ!?

クソォ! 動けない! 良い匂い! 柔らかいよっ! 感触だけでなく女性特有の甘い匂いに目が回りそうになる!


アカン、このままだと本当に堕ちそうだぁー(堕ちたぁーい)。


そうして色々と深い思考にふけていると、耳元で彼女の囁きが……。


「いい加減にしないと兄さんを呼びますよ?」

「うっ、それは勘弁してほしいな……」


ここでシスコンに出て来られたら面倒しかない。その言葉だけで正気に戻れたよ。これはもう諦める他ない。

急いではいるが、仕方ないと一旦逃げるのをやめにした。


「大人しくするから腕を離してくれないか?」

「と、言いつつ逃げるかもしれないので却下です」


捜索に回す能力を解放したまま、抱き締められている腕の方へと振り向いた。

その際、モチモチが変形して感触の変化に悪堕しそうにだが、なんとか堪える。……というか離してくれないの? あ、いっそ諦めようかなぁ?


ホントなんて強敵なんだこの凶器は……あっという間に心の芯が折れそうですよ。


まったくこの娘はいつのまにこんな立派に育ったんだ。

昔は真っ平らだったのに。


「どうして他人のフリなんてしようとしたんですか? ヴィットさん」

「関わりたくないからだよ、リアナちゃん」

「ひどいですが、けど理解しました」


頬を膨らませて少し拗ねたように睨む。カインの妹のリアナちゃんに俺は居心地悪そうについつい視線を逸らしてしまった。……だって嫌じゃん?


「一応こっちも警戒してたんだけどね」

「? 普通に近付いただけですよ?」

「そうだね。俺がドジっただけだよね」


はぁ、本当に不覚だよ。まったく気付けなかった。もし相手がカインとかであれば、先読みして隠れたんだけどな。


「……」


それだけ心を許しているって言う、証拠なのかもしれない。さっきのアリサさんの時も制裁直前で気付いたけど、部屋に入られた時はまったく分からなかった。……普通に不味いよな。


姉妹揃ってなんて恐ろしい女性なんだ。……夜の時はもっとお怖いですが。


「何故ここに居るんですか? そもそも今日は休日の筈でしたよね?」

「……ちょっとこっちでいいかな?」


ジトーとした瞳で問いかける彼女。どうにも答えないと逃がして貰えそうにない様子だ。能力での捜索を続けたまま、リアナちゃんと一緒に一旦フロアの隅まで隠れるように移動した。


「ふふふふっ」

「はぁ、さて……」


隠れているといっても、人混みでカイン達の視界に入らない位置に移動しただけなんだけど。どういう訳か少し楽しそうなリアナちゃんに、俺はどこから話そうか悩みつつ伝えることにした。


「この辺りならいいか」

「でも急いだ方がいいですよ? 私が居なくなったと気付いたら、兄さんなら全力で探知して駆けつけて来ると思いますから」

「だよねーー。俺も本気になったアイツと対面するのは全力で回避するわ」


話すにしてもカインには絶対バレたくない! アイツにバレると色々と首を突っ込んで来て面倒だし。そうなると女性陣もこっちに来て、それが原因でまた何を仕出かしちゃうから、どうなるかなんて考えたくないっ!


「予想してると思うけど仕事だ。多分リアナちゃんやカインと同じな」

「……ラウン・ディール様の護衛というわけですね?」

「そういう名前だっけ?」


尋ねるように見上げてくるリアナちゃんにコクリと頷く。名前までよく覚えてないから自信ないけど。

そこから考える仕草に入るリアナちゃんを見て、やはりカイン達も護衛の依頼なのかと理解した。

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