第一章『冒険者の彼は仕事人』

【突然の依頼その1】

月が照らされる夜の街。その街に並ぶ建物のうちの1軒、広い庭もある貴族が主人である館では、大規模なパーティーが行われていた。


貴族は勿論、平民も加わり楽しげに会話を弾ませている。主催者は貴族と平民の差別意識がなく平等に招待していた。


「うぐっ……!」

「……」


そんな中、誰もいない館の裏手で、2人の男性が睨み合って対峙している。

1人は膝をついて腹部を押さる灰色髪の中年男性。何処か淀んだ目をして腰には杖を差しており、服装は黒のスーツ姿であった。


もう1人は若い青年である。

ジャケットのようなスーツを身に付けて、割れた館の窓を背にして男性を見下ろしている。背後の館からは人々の声が聞こえ、青年は苦笑顔で男の方へと詰め寄った。


「ここは館の裏側か……好都合だ。決着は早いうちにつけた方がいいからな」


周囲をチラリと見て青年は口を開く。騒ぎになるのはなるべく避けたいようだ。拳を構えて男へ徐々に接近して行く。


「く……!」


その青年に見えないように男は密かに、腰に差している杖の握り部分を手で触れる。バレないように魔力を杖へと移していき、いつでも抜けるように身構えると。


「……そろそろ、いこうか」

「───っ!!」


眼前へと迫って来ていた青年の懐に自ら飛び込んだ。急な接近に青年の拳は男性を捉えることができず、その間に男性は腰の杖を握り締めて……


「オレが、なッ!!」


勢いよく引き抜いて見せる。杖に見せかけたで青年を突き刺そうと迫って─────



誰にも知られない中、謎の青年と中年男性との戦いは、終わりに近づいていた。



***



スティアの世界は東西南北で四つの国に分けられている。

そのうちの1国、東の大陸のフェインには四神の名を持つスザクの街が存在していた。


「むにゃむにゃ……」


その街中の世帯が並ぶ1つの家の中、一室のベットで寝ている黒髪の青年。

彼の名はヴィットといい、本日は仕事もなく休日で疲れもあってか部屋でずっと寝ていた。


ちなみにそろそろ夕暮れ時である……。


「……」


その彼を見下ろすように、白いエプロンを着用している女性が一人。ゴゴゴゴとした威圧溢れる瞳で手にはフライパンが握られていた。


「むにゃ……むにゃ…………たべる」

「────ふッ!!!!」


その一言に持っていたフライパンの平らな部分が赤く染まり、ジューと熱を発せらせると。


「ハッ!!」


火の付与魔法を込めて女性は大きく振りかぶる。勢いよく寝ているヴィットの頭部にヒット死──────


「───っ! そやッ!?」


届く寸前で目を見開いて迫る熱したフライパン危機に目覚めたヴィット。

慌てて体を転がして間一髪のところで躱した。



その拍子でベットから落ちて、頭を打ってしまった。



「な、なに、が……? うっ……!」


───何が起きたのか分からずにいる俺は、痛む後頭部を押さえて辺りを見渡している。うん、俺の部屋だ。借りているけど。


昨日は仕事が忙しかったから、確か今日はゆっくりしていようと…………ちょっと寝過ぎたか? なんか窓の方が赤いのが射してるんだけど。


「あら? 随分変わった起きかたねぇ? 良いお目覚めかしら────ヴィット?」

「っ、ア、アリサさん……?」


笑顔で呼びかけられた声に反応して、倒れていた俺は寝惚けた状態で見下ろしている女性───アリサさんを見上げる。うむ、エプロン最高ですっ! もっと屈んでっ!


腰近くまで伸びた薄オレンジの髪、女性らしい腰つきから上部へとバランスの取れた美しい体型だが……あ、なんか夢でも見た気がする絶景が目の前に……!!


特に女性特有の豊満な部位については、起きた時から視線が動いてしまって大変である。……だから早く視線を逸らさないと命が危ういかも。本能的にも少々。


笑顔のアリサさんだけど、瞳がちっとも笑っていない。何故かと思ったがさっきまでのあのムチムチな素晴らしい夢が脳裏に過って、ボケていた頭を一瞬で覚めました! 持っているフライパンの赤さが彼女の機嫌を表している気がしてならないっ! てか絶対気のせいじゃない!


なんか口にした予感がするっ!

主にアレな方面でっ! 頼むから下半身関連じゃないことを祈りたいっ!


「どうしたの? 顔が真っ青よ?」


真っ青どころかきっと真白ですよアリサさん。顔を蒼ざめていき、さらに大量の汗を流れてくるのが分かる! ようやく思考が回ってきたが、すでに死地にいる気分だ。


(ホホホホホホっ)


彼女のフライパンが大鎌に見えてくるし、白エプロンも死神様の布に見えてしょうが───ってなんかいない!? なんか室内からホホホホっとか笑い声が聞こえてくる気がする! ……心なしか瘴気が満ちてないか? ここは地獄界の入り口だったというのか!? 仮屋だけど俺の部屋なのよ!? マイルーム〜!!


「それともまだ眠ったままの方が良かったかしら? あなたの大好きなお胸の夢だったようだしねェ?」

(ホホホホホホっ)


あ、これはダメなヤツだ……。


口元に薄い微笑みを浮かべてアリサさんは熱し過ぎて、もう真っ赤な炎を噴かせているフライパンを振り上げて僕ちゃんの返答を待っている。けど、俺には執行を待っている処刑執行人にしか……────って、既に死神様がご降臨してらっしゃる!? 何あれ!? 地獄の2丁目ですか!? 3丁目の親戚のとかですかっ!?


(ホホホホホっ)


ヤバイよアリサさんの背後で微笑んで(ガイコツだけど)、デカイ鎌を持った死神様いるんだけど。いるというか見えるんだけどっ!


(ホホっ?)


……すみません、その、やるの? やらないの? みたいに首の傾げてるけど、全然可愛くないからっ! その動作やめてっ!! 簡単に魂を狩ろうとしないでっ!

動作が完全に首ちょっぱだよ!? 惨殺絵図しか浮かばないよっ!


「き、聞いてくださいよ、アリサさんっ! 話せばきっと!」

「……」


む、無言が重い! もう返答をミスれば命に関わるよ絶対。死神様が鎌をチラチラ揺らしているし……。

どうにか動揺を抑えて、その場で正座してアリサさんと向き合う。なんでこんな緊張しないといけないんだ? 危うい時の仕事だってこんな緊迫感はなかったんだぞ!?


「おっしゃる通り……」

「……」


沈黙は猶予だと受け取り、その譲歩の気持ちを無駄にするものかと、真剣な眼差しでアリサさんを見上げる。己の気持ちを……率直な思いを叫んだっ!




「最高の桃源郷夢の楽園でしたぁぁぁぁぁっっ!!」(ヴィットはオトコの土下座は背中で語るっ!!!! を披露しました)






「……」


アリサさんは無言であるが、俺は無感情な表情も気にせず叫び続ける。なんか背後で死神様が呆れているようにも見えるが、気にせず喋り続けました!


「昨日頑張ったご褒美でしょうか! 最近は全然夢とか覚えてませんでしたが、今回のはバッチリ記憶に焼き付いてます! もう感動ものでした! いつまでも堪能したくて延長コースを10回は申請しましたっ!」


ん? アリサさんの目から光が消えていっているように────うん、気のせいだろう。俺は気にせず喋り続けるが、何故か背後の死神様が『も、もう、その、ぐらいで……ね? 少年……? やめたほうが……』みたいなオドオドしている。なんでだろう?


「なかなかのもんでしたよアレは! 珍しくお店とかで会う女性陣だけじゃくて、たまに会う仕事仲間も混ざってて、すっごいドキドキしたっていうか! 興奮しました!」


何処までも無表情なアリサさんと『あ、そろそろ出番かな?』みたいに鎌を持ち上げる死神様。

そしてお構いなしに言い続ける俺。……本気で語り過ぎている所為で周りが見えなくなっていた。悪い病気だよ。もしくは致命傷デスネ。


「しかも、しかもですよ!? 途中からアリサさんと一緒にリアナちゃんも参戦してきて、女神姉妹様が同時にご降臨してきたんですよっ!? どんなプレゼントコースですかっ! いくらでも払いますよっ! って思いました!!」

「──────火力全開……(ボソっ)」


だからアリサさんの超危険・殺戮区域内レッドラインに平気で踏み込んでしまった。


全力で語り続ける俺をよそにアリサさんは持っているフライパンに、凄まじい火の魔力を付与させていく。ついでに死神様も『ホホホホホ……』と言いながら、鎌を大きく振りかぶっていた。素振りの練習も欠かさず。


「それにあとちょっとでカッターシャツだけで、半脱ぎ状態のアリサさんとリアナちゃんにタッチできそうでっ!! 俺も遂に封印されてた野生の自分を解放できそうになっちゃいましてね!? お二人と禁断のお花畑で突入を────ガぼバッッーーー!?」


言ってから気付いたが、やっぱこれはないわ。寧ろここまでよく我慢してくれてた方だわ、と思いました。

もうこれ以上は色々と引っ掛かると察したか、全部言い終える前にフライパンが振り下ろされて、俺の意識は再び閉じてしまった。出来ればまたあの夢に旅立ちたかったけど、残念ながら一回限りのサービス世界だったらしい。


眠りにつく際、チラリとアリサさんの顔が見えた。

…………真っ赤でした。たぶん憤怒で。


(ホホホホホ)


死神様は鎌を肩にかけて南無と手を合わせていた。

色々と言いたいですが、とりあえず手を合わせるのをやめてもらえませんか? なんかさっぱり分からないけど、まだ始まったばっかりだよ!? いきなりクタバレませんってばっ!!


はい、というわけでスタートしました!! グダグダに!

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