【突然の依頼その2】
「そもそも寝過ぎなのよ、あなたは! 今何時だと思ってるの!?」
「すみませんでした」
アリサさんの鉄拳─────正しくは剛熱の鉄板を受けて意識が飛んでから数分後。
先程まで寝ていた二階の部屋で、再び正座でアリサさんからの説教を受けていた。……フライパンを持ったままなので生きた心地がしない。あと死神様もご退場してもらった。
で、キッとした目つきで部屋に置いている時計を指しながら、アリサさんは叱りつけてくる。……もし第三者がいたら確実に子供を叱る母親に見られるだろうな。言ったらまた熱鉄板だから口が裂けても言わないけど。死神様も呼んだ? みたいにご帰還してきそうだから勘弁してっ!
「いくら今日がお店も休みだからって、もう夕方で明らかに寝過ぎよ。あと少しくらい家のことを手伝いなさい居候人さん?」
「ハハッ! 畏まりましたっ!」
土下座の勢いで何度も頭を下げる低姿勢である。男としてどうなの? などと言う疑問はなしで頼む。
あと彼女が言ったのように実は居候の身なんだよな、俺って。
いつもなら普通に起きてお手伝いの一つや二つ、進んでかって出るんだが、昨日は大仕事で疲れが溜まりきってしまっていた。眠気が酷くて全然目が覚めなかった。
あとお店の話がチラっとあったが、この家では店ちょっとした中古店を開いている。
店の名前は『静かな丘の上』といい、アリサさんはその店の店長を務めている。
主な仕事は買取りと売り販売だ。そしてちょっとした鑑定である。
ちなみに俺は平店員であった。
っと、話は逸れてしまったが、仕事後の話だった。
食事も忘れて貪るように睡眠を取っていたら、気付けば夕方。……さすがに昨日の仕事のことをアリサさんに言う訳にもいかないし(言ったら間違いになく面倒なる)、とにかく低姿勢で自分の非を認めて、話がそちらに進まないように努めなくては。
「はぁぁぁぁ、どうしてこんな子…………昔はあんなに素直だったのに」
「それは確実にお宅の弟さんの影響です。カインに勧められた本とかお店が何も知らない当時の俺には素晴らしかったんですよ!!」
それだけは絶対譲れない! 多少は自分から汚れた部分があったのは認めるが、きっかけを大量に用意して無理矢理誘ったアイツにある!! おのれ、あのハーレム王めぇ……!
「何を真剣な声で言ってるのよ……。それにあの子も、育て方を間違えたかしら……」
腕を組んでため息を吐くが、アリサさんーー? 仕草が本当に母親みたいですよ?
「ちなみにカインは帰ってきないんですか? 休日だから学園から戻ってると思ったんですが」
ついでに話題にあった弟のカインことについて尋ねてみた。アリサの弟ことカインは学生であり、今は学園での寮生活を送っている。俺と違い魔法に恵まれた天才肌の青年であるカインは、元々上位ランクの冒険者として活躍していたこともあり、学園長直々の推薦で学費も免除となって入学を認められた逸材だ。
……ちなみに俺も冒険者であるが、ランクは低く魔法も使えない。悪いかよ?
で、普段は家を出て寮で生活を送っているが、休日は
「今日は遅くなるそうよ。なんでも急な依頼が入ったみたいで、体験期間中のリアナを連れて仕事に出たようよ」
「へぇ、リアナちゃんも……。学園に入学する気になったんですかね?」
「まだ悩んでるみたい。あの子も困った子ね……」
頭痛で苦しむような声を漏らすアリサさん。
重度のブラコンな
色々と頭痛のタネが多くて、アリサさんから湧き出した怒りも、いつの間にか霧散してしまった。安心するが、同時に倒れないか心配になるな。まぁ絶対に支えるけどね? その母性溢れる桃源郷を落としてたまるかっ!!
「ふぅ……もういいわ、夕食を作るから降りてきなさい」
「了解しましたアリサさん」
お説教も終わりアリサさんが一階へと降りるのを見て、俺も降ることにする。
寝間着から部屋着に着替えようとタンスから服を取り出そうとした。
ピーー! ピーー! ピーー!
ピーー! ピーー! ピーー!
「……?」
だがタンスに手を掛ける前に、机に置いてある細い金属の腕輪からアラームが鳴り出した。……これは大気中の魔力だけで使用できるマジックアイテムの通信機だが、このアラームは俺に対する呼び出しだった。
「……」
そのアラームにしばし呆然としていたが、ふぅー、と息を吐き腕輪を取ると付いている小さな宝石に触れた。できれば出たくはないが、無視もできないのだ。
「はい」
『ヴィットか? 悪いな休日に』
通信機から聞こえるのは俺のよく知る男性の声である。
よく仕事を紹介してくれる相手でもあるが、俺は問答無用で切り捨てた。
「悪いです」
「ぐ、や、やっぱり?」
「当たり前です。昨日どんだけ働いたと思ってんですか? 残業コースにも程があるでしょうが」
即答だ。当然である。
今日は休むと何度も念を押したのに、なんで連絡してくるのかなこの人は?
ブラック上司かまったく。
俺の心境をよく分かっているのか、返ってきた声音には随分と落ち込んだ感が含まれていた。どうやら向こうも相当心苦しかったようだ。
『う……その、すまん』
「いえ、何かご用ですか?」
まだ不満がない訳ではないが、言いたいことも言ったので用件を聞くことにする。人手不足は何処の機関も同じということか……。
まぁ、さっきまでのやりとりっはこの人と俺との、コミニケーションみたいなものだしな。よくあることだと不満な声音を消して、聞いてみると通信先の男性から厳しい声音で告げられた。
『緊急の依頼だヴィット、すぐに今言う場所に来て欲しい』
そうして始めると一方的に通信先の男性は、何か言う前に場所を知らせてくるが、俺も特に口を挟もうとせず、最後まで聞く姿勢で耳を傾けていた。
相手先の男性の遠慮のない性格には慣れている為、いちいち口を挟もうとはせず、取り敢えず聞くことにした。
『─────こちらからの用件は以上だ。受けてくれるか?』
だから話し終えて相手の男性が改めて、確認を取ってきたところでようやく口を開いた。
「えらく急な依頼ですね? しかもそこって、確か貴族の……」
『ああ、相手は貴族でな、今夜対象の敷地内でパーティーが開くことになっていてな。護衛を何人か雇っていたそうなんだが、今日は人数が少なくて増援を求めているんだ』
「それでなんで俺を? その程度の護衛なら他にもできる奴はいくらでもいますよね?」
『そ、それは、だな……』
「……」
困ったように説明する男性は一度、口を閉じてため息をついている。
おおよそ見当はつくが、俺も黙って待っている。
俺に返答しづらい内容など限られてくる。
珍しい極秘事項が含まれてなければ、大体予想はついていた。
つまり俺の能力でないと困る案件だからだ。
向こうも俺の無言の待ちに早々に降参して話し出した。
『最近その貴族の周りで物騒な話が広まってな……簡単に言うと暗殺だ』
「裏関係から狙われていると……。厄介そうですね、理由は聞きませんが」
なんだかキナ臭い仕事のようだ。
まぁ、貴族絡みならそんなものか。
『しかもタイミングの悪いことに今日のパーティーでは平民貴族問わず、多くの者が入れるようになっているから、誰でも対象に近付けれるんだ』
「それでも護衛が付いてますよね?」
『君がいればさらに安心なんだ。その方は今後、この街にとって有益となる人物だ。……頼む』
一体どのように有益となるのか知らないが、不利益となる人物のガードよりかマシかもしれない。……それにどのみち断りにくい案件である以上、これで無視をするのは難しいと俺は────
「分かりました、これから向かいます」
『おおっ!! 助かる報酬は弾むぞ!』
「そうでないと困ります。これから
『あ、あははは……ホントすまん』
またアリサさんに謝らないといけないのだ。報酬はたらふく頂かなくては。
おれは通信を切ると仕事用のスーツに似た黒ジャケットとズボンに着替えて、下にいる家の主人に対してのご機嫌の取り方に頭を悩ませた。
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